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NOVEL  >>  G00 _ Modern parody  >>  story 07
嗚呼、しとどに濡れよ
07
「ハハ!お前等本当はデキてんじゃねぇの!」
遠くへ向けたアレルヤの視線が縋った名に、青髪の男 ―― ミハエルは瞳孔を開いたまま嗤った。その嘲笑から逃れるよう、項垂れたままの顔を横に背けたアレルヤの喉が、弱々しく震え沈鬱な声を押し出した。
「ッ…唯一の兄弟、だからだよ……」
「唯一の……そう、唯一の、だ。それがムカつくんだよなー。」
地雷だったのか。
途端、それまで薄ら笑いを浮かべていた紅い瞳に、凶悪な揺らぎが宿る。
「お前等2人とも、拾われた ―― 不完全な跡取りの分際で、でけぇ面しやがってよぉ……!」
ギリ、薄い唇の裏で奥歯が軋み啼いた。
神経細胞を駆け抜けた苛立ちは、無益な拳へ姿を変え、アレルヤの頬を掠める。
アレルヤは、ふいに、ハレルヤが以前、―― 何か気に入らないことがある度、ミハエルを蹴るのが日課 ―― だと言っていたのを、思い出した。
理由は、「何かアイツうぜェ」。
似た者同士と言えば、似た者同士なのだ。
腕を壁に縫い止められたまま、アレルヤはさらにミハエルの神経を逆撫でする。
彼自身は、ただ、思ったことを素直に表出しているだけなのだが ――。
「……ハレルヤには、勝ち目がないから…僕に手をあげるのかい」
「…………!」
ミハエルの背筋が、憤怒と ―― 得体の知れぬ喜びに、ゾクリ、と粟立った。
(上等じゃねーの。めんどくせぇ手加減しなくて済むぜ……初めっから、するつもりもなかったけどなぁ)
心の内で毒吐いて、
「……違ぇよ。俺は、何が1番アイツを苦しめるか知ってるからよぉ。一石二鳥な策って訳。いや、俺もヨければ、三鳥だな。お前みてーなタイプ嫌いじゃねーし。」
言葉の終わりと同時に、レーザーのような紅がアレルヤの顎先から全身を舐める。
ミハエルは深緑の束を鷲掴むと乱暴に引き寄せ、唇に噛みついた。
「……っふ」
収めきれなかった小さな吐息を残して塞いだアレルヤの口腔内に、乱暴に舌を捻り込み、ざらりとした感触で掻き混ぜながら、熱い唾液を啜り上げる。
舌の付け根を押さえられ、反射的にアレルヤはえずいた。
「わっりぃ、久々だからさぁ?」
唇を離したミハエルは、噎せ返るアレルヤの顔を覗き込んで、しかし、全く悪びれた様子もなく歪んだ笑顔で肩を竦めた。
「なー、面白いオモチャ、見せてやろうか?」
「オモチャ…?」
銀灰色に陰が過ぎり、訝しむように眉根が寄せられる。
アレルヤに少なくとも今は逃げ出す気の無いことを確認し、緩めのパンツのポケットに突っ込んだ右手をすぐに再び引き上げ、
「これ、なーんだ。」
ミハエルが、自慢げに鼻を鳴らした。
「うちの組のじゃ……ない。」
現組長 ―― アレルヤを引き取った義父セルゲイ・スミルノフは、一代で、組の裏社会における地位を、確固たる場所へ築き上げた。
確かに、真っ当な仕事とは言えなかったが、それでも組長の真面目な性格が同業者の信頼を集めたことは、大きな足掛かりと言える。その真面目さを表わす1つが、人革商連会の組員専用の銃。すぐに足のつく線状痕を、敢えて薬莢に刻み込むことは、「下の者に粗相があれば、組ぐるみで責任を持つべきである」という、セルゲイのモットーであり、それは同時に組員への無駄な争いを戒める牽制だった。
しかし、今瞼を細めたミハエルの手の中で黒く鈍く閃くそれは、見たこともない身体を晒していて ――、アレルヤは瞬時に悟る。
「………裏切る、つもりなんだね。」
「そ。引き抜きってやつ。」
指に引っ掛けたハンドガンをくるくる回してアレルヤの腹に押し込んだ。
「中国マフィアに見初められちゃってー。あっちは、この人革商連会を潰したくてウズウズしてっからよぉ、俺に、内側から楔を打ち込めって、このオモチャくれたワケ。」
撃鉄を引き起こす、カチリ、と乾いた音が部屋に響き、アレルヤは思わず身体を強ばらせた。
ミハエルが喉の奥で微かに笑い、
「お前さえ黙ってれば、俺は組長に計画を全て話す。そうしたら、こっちも迎え撃つ準備ができるぜ。次期頭として、組を守るのはお前の役目だろ?」
猫撫で声で耳朶に触れる。
「僕が黙っていれば?」
「何をされても、な。」
家業の不透明さは、アレルヤにとって好ましいものではなかったが、双子まとめて引き取り育ててくれたセルゲイには、心から感謝をしていたし、柄は悪くとも親切な組員達を、路頭に彷徨わせるような恨みも、僅か抱いたことすら無かった。
アレルヤは、いつになく強くそして真っ直ぐに、ミハエルを見つめる。
―― ヒャハハハーッ!
ミハエルの嘲笑が高く響いた。

* *

「てめェ!俺の前を、ちんたら歩いてんじゃねェぞ」
厄介な商談の縺れに、焦れ苛立ったハレルヤが、ミハエルの尻を蹴り上げる。
唇を噛むミハエルは、アレルヤを睨めつける。
皮肉にも、それが、アレルヤにとっての、不眠の夜へのゴング。

* *

耳障りな鐘の音にも、毎夜続けば慣れてしまう。
頭の芯は、懐柔されないよう男の手を拒んだが、賢い身体は、波に揺れるまま任せることで、苦痛を受け流す術を覚えた。
「ッんだよアイツー…!」
ミハエルの拳に、胸を、どん、と突かれ、理不尽な憤りを受け止めた身体はバランスを失い、膝から床に崩れ落ちた。
「…ッ……ふ………」
久しく開かれていないのだろう、埃を被った窓の木枠に腰かけた、ミハエルに見下ろされながら、犬のように四つん這いに跪き、降り注がれる鬱憤にひたすら濡れそぼる。
「おい」
呼びかけに応えて、銀灰色がゆるゆると紅の方へ向けられた。
絡む視線がミハエルの興を盛り上げる。
「口開けよ」
青い髪のその男は、横柄なトーンで言いながら、つま先で尖った顎をつついた。
普段、不覚にも身体を丸めて縮こまっているだけに、抗わぬ相手に味を占め、ミハエルの嗜虐心は釜首を擡げて落ち着かない。
「んっ、む………ゥ…」
半開きの口に、素足の親指を押し当て、一気に割り入れる。
舐めろという催促を受け、アレルヤは躊躇いがちに、しかし、丁寧に舌を這わせた。
唇の狭間から、微かな水音が漏れる。
思いの外細く滑らかなミハエルの足指は、薄っすらと汗ばんでいて、「しょっぱい」と、言葉にはせず、心の内で独りごちる。
だが、たっぷりの唾液を絡めてじっとりと温かいそれは、形も手伝い妙に生々しく、幾度か口に含まされた苦い熱源を髣髴とさせ、アレルヤは思わず、ごくん、と喉を鳴らした。意図せず、物欲しそうな素振りを見せてしまったことに、体温が急上昇した。
「お前、初めの頃より、舌遣い巧くなってきたよなー。」
ミハエルは、掠れた声で言いながら、指を出したり挿れたり、時折器用に唇をなぞったり ――、アレルヤを羞恥で燃やし尽くそうと、わざとねっとりとした動きをみせる。
「…ンン……く、……ッふ…」
ふと、ミハエルは、眉を顰めて瞳を閉じたアレルヤの顔を見つめた。
ぼんやりと逡巡する。
彼は、なぜ、なおも汚れないのだろう ―― と。
アレルヤを脅し不毛な関係を契約した直後は、すぐに、姦淫し堕とし貶め、溺れる姿を鼻でせせら嗤ってやろうと思っていた。
しかし、蹴っても殴っても、アレルヤの銀灰色は全てを呑み込み、一層静かに穏やかに凪いでいる。その優しい色を居心地悪く感じる一方で、ずっと見ていたいという欲も、自身打ち消し得ないまま、惰性的にこんなことを続けているのだ。
「………っ…はぁ……」
柔らかな口腔内から指を引き抜いて、努めて冷ややかに命ずる。
「後ろ向いて、」
アレルヤは、床に膝を擦りながらゆるゆると身体を反転させた。
「ボトムスも下着も自分で下ろしな」
後姿が微かに震え、一瞬の戸惑いが伝わったが、反論する気もないらしい。
もたつきながらも太腿の半ば程まで降ろし、殆ど人目に晒されることのない筈の、隠された肌を露呈させた。
ミハエルは、顕わになったアレルヤの小振りな双丘に、湿る足を這わせ、滑らかな感触を遊んだ。そして、おもむろに分け入ると、奥に息衝く密やかな扉を、ノックすらせず無理矢理こじ開けた。
「!……い……ぁ……」
アレルヤが、背を海老反りに撓らせ、喉から吐息を搾り出す。
身体を支える腕の力が抜けそうになるのを、必死で堪えた。
足指の腹をくるりと回して擦り付け、縁を爪で軽く引っ掻いてやると、ひくひく収縮しながら迎え入れようとする、セキュリティーの低い入り口に、ミハエルは嗤いと欲の混じり合った濁流が爪先から侵食してくるのを感じた。
己の熱を引っ張り出して握り込む。痺れるような衝動が身体に広がる。
―― 瞬間、
「よォ、アレルヤ。こんな所でお楽しみか?」
聞き覚えのある声が、響き渡った。
俯き揺らしていた睫毛を持ち上げたアレルヤと、顔を顰め下顎をしゃくるように突き出したミハエルが、同時に声の主の名を呼んだ。
「っ、は…ハ…レ、…ルヤ………ッあァ」
「…ハレルヤ………」
「しかも、」
金の瞳を眇めた彼は、爛れた空気をものともせずつかつか歩み寄ると、逃げる間も与えずミハエルの頭を片手で上から掴んだ。
そのまま、横目でアレルヤを見遣る。
「今日が初めてじゃねェな……いつからだ。」
押し殺したハレルヤの声に、アレルヤは視線を逸らした。
ハレルヤが、再び問う。
「いつからだ。」
怒気を含んだ有無を言わさぬ鋭い語尾に、胸を刺され、アレルヤの唇が震えながら、答えを押し出す。
「……先、月の、終わりから………」
皆まで聞かず、ちィ、と、舌打ちをお見舞いすると共に、手の内の忌々しい青を横に思い切り払った上、肘で打ち、視界から ―― アレルヤの前から、押し退けた。
ふいをつかれたミハエルの身体は、面白い程容易に飛び、壁でしこたま肩をぶつけて止まった。「ぐう」と、呻き声を零した直後、凶暴に爛々と煌めく瞳で、睨みつけた光景に、ミハエルは悟る。その光景 ―― 唯一金色が慈愛に満ちる瞬間。しゃがんでアレルヤの唇を拭い、ゆったりと起き上がる彼に肩を貸したハレルヤの姿。
ミハエルは、確かに、羨ましかったのだ。
産声を上げた瞬間からアレルヤと共にあり、彼に降り掛かる汚濁を全て、己の身を挺しても、払い、浄化し。
ただ、この銀灰色が曇らぬようにと守ってきたこの男が、とても羨ましくて…――、憎かった。
自分の濁った両の手の平が、引き換えに守ってきたのは、自身だけだったからだと、ミハエルは思い知る。
底知れぬ空虚に怯えた。
「く、そ……くそォオ…ー…っ!」
ズダァー…―― ン!
悲鳴にも似た雄叫びに被さる、重低音。銃口から燻る白煙。
「………ッ――!」
アレルヤの瞼が大きく開いて、虹彩がぐらぐらと彷徨った。
庇うようにアレルヤを背の後ろに隠して、立ちはだかった弟の二の腕に、つう、と、一筋の鮮やかな道が描かれていく。
「ワケ分かんねーッ!ワケ分かんねぇけど!お前ら見てると本当に苛つく!」
焦点の定まらない虚ろな表情で、ミハエルは肩を壁に預けたまま、火を噴いたばかりのハンドガンを降ろそうともせず未だこちらに向けている。
応戦のため、と、言うよりは、威嚇のため ―― ハレルヤも懐から鉛色を取り出そうとした ――、が、しかし、負傷した手に上手く力を入れられず、取り落とした組専用の銃は、乾いた音を立てて床を滑った。
冷たい硬質がアレルヤの踵に触れた。
「残念でしたー!」
ミハエルの狂気的な嗤い声を浴び、再度同じ場所に焼き付くような痛みが与えられる。
それでも、ハレルヤは眉一つ動かさず、憐れむように、呆れたように、言った。
「負け犬の遠吠えは見苦しいぜ。なァ、アレルヤ。」
「負け犬はどっちだ……」
ミハエルが、低く呻る。
トリガーに引っ掛けられた指に、徐々に力が込められる。
ハレルヤは、動こうとしない。
「これで終わりにしてやるよぉ!」
「!…だめ……っ」
叫んだアレルヤが、ハレルヤの取り落としたハンドガンに夢中で手を伸ばした。恐らく、その時のアレルヤの思考回路は、「ハレルヤが危ない、助けなければ」と、その一心で、理性など殆ど作動していなかった。真っ白だった。
重低音が部屋中を震わせ、アレルヤの腕を、骨まで響く衝撃が駆け抜けた。
いつの間にか瞳を瞑っていたらしい。
意思とは無関係に振動を繰り返す、ハンドガンを握った手をそのままに、数時間にも感じる数秒の暗闇を迷った後、恐る恐る視界を取り戻すと ――…、
人影がうつ伏せに倒れていた。
その塊はぴくりとも動かない。
自身の傷ついた腕を押さえながら、ミハエルを覗き込んだハレルヤに、
「てめェは来るな。」
と、命じられ、アレルヤは立ち尽くした。
他所へ外すこともできない視線の先に、青い髪とのコントラストが眩しい朱色が、じわりと染みを作っているのが、見えた ―― 見えて、しまった。
銃を足元へ投げ、己の頭を抱える。
「あ…僕…ぼ、く………ぼ…く…、が…………!」

* *

「………―― 『撃ったんだ』……か。」
反芻を終えたロックオンは、デスク上に、幾度目とも知れない溜め息を乗せた。
それは、まるきりドラマか漫画の世界のような話に思われた。
しかし、アレルヤの表情が脳裏にこびり付いて離れない。
傷つきすぎて、全てを諦めの彼方へ葬り去ったような、笑顔。

―― 俺は、どうすればいい。
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