NOVEL  >>  G00 _ Modern parody  >>  story 04
嗚呼、しとどに濡れよ
04
「あ……ぅ、わああ…っ!」
床に積み上げたインクカートリッジの箱が、雪崩のように、無造作に重なり合って足を埋め、アレルヤは間抜けな声を上げる。
そして、震える手を庇いながら箱を集め、小さな呼吸を1つ吐き出すと、刹那の方へ笑顔を向けてみせた。
そう、ごくごく自然に貼り付けた笑顔を、向けてみせた。
「それは…本当に僕だったのかい?…ぼ、くは、たぶん…あまりこの辺りを知らないし、記憶違いか…でなければ、見間違いじゃないのかな。」
「………そうか。」
刹那は、その瞳にほんの僅か鋭い色を浮かべたが、すぐに、張った糸を解き、机上に視線を落とすと頬杖をついた。
「別に、俺には、お前が誰でも関係ない。」
「はは…だけど、ちょっと嬉しいよ。だって、君は僕がどんな人だって、関係なく接してくれるってことだろう。」
のんびり言ってのけたアレルヤに、視線を向けないままの刹那が、眉をぴくりと上下させ、同時に、フン、と鼻を鳴らす。
少年の表情こそ、はっきり見ては取れなかったが、アレルヤには、あどけなさを残した刹那の口元が、ほんの少し、綻んだように思えた。
「……あまり興味がないだけだ。」
「ふうん。」
アレルヤはくすくすと笑みを零し、対して、刹那は、フン、と再び鼻を鳴らした。

「ほら、な。案外上手くいってるだろう。」
「そうだな。」
店の奥の部屋 ―― イアンの居室であり事務所としても使われていた ―― から、2つの顔が覗き、密やかに言葉を交わした。
1人は、もちろん店主のイアン。
その斜め上に顔を出しているのは、外回りの営業の途中に、足の向くままふらりと立ち寄ったロックオンだった。
電器店の脇から、忍者の真似事のように中の様子を窺っていたロックオンに、目敏く気づいた店主が、「不審者がうろついていると、客足が鈍る」と、快活に笑いながら苦言を呈し、勝手口から招き入れたのは、ほんの十数分前である。
「本当に感謝してるよ、おやっさん。」
「もう行くのか。」
「ああ。そろそろ会社に戻らねぇと、美人上司に大目玉食らっちまう。」
美人にならくらわされてもいいな、と、気楽に笑うイアンに肩を竦めてみせると、
「それじゃ、頼んだぜ。」
すらりと伸びた親指の先を空へ向け、ニ、と唇の端を持ち上げた。

「どんな人だって、か…――。」

* *

「ただいまー…っと、アレルヤ?」
いつも迎えてくれる笑顔は見当たらず、ただ、テーブルの上に彼が用意してくれたらしき夕食のプレートが、透明のラップを被って並んでいた。
それもそのはず、だろうか ―― 机上から滑らせた視線を壁時計に向けると、短い針は文字盤の11を越して、日付を変えるカウントダウンを始めていた。

原因は、5時間前。
しばらくぶりに定時にオフィスを後にできると、鼻歌混じりに身支度を整えていたロックオンの背中に、鼻声が投げかけられた。
「せーんぱ〜い……ッ!」
「リヒティ……いきなりそんな瀕死の声で呼ばれると、俺は続きを聞く勇気が出ないぜ。」
「冷たいこと言わないでくださいよぉ〜…!」
なおも追い縋る後輩の泣き言に、ロックオンは、ふぅ、と嘆息して動きを止め、視線を向けてやった。
この後輩、リヒテンダールは入社1年目のルーキーで、仕事にもプライベート…―― 主に色恋沙汰 ―― にも熱い好青年だが、いかんせんミスが多い。
不真面目な訳ではない。ただ、有り余るやる気が却って空回りしがちな彼の、イマイチ上がらない成績が、悲しい現実である。
「あのー…パソコンのコード足で引っ掛けちゃって…保存前のデータが飛んじゃったんですよ……明日の会議用資料なんスけど……。」
「こまめにバックアップ取っておけって言っただろ?」
予想し得る上での最も芳しくない報告に、引き攣った笑顔を浮かべた俺の、窘めるような視線を受けて、リヒテンダールは頭を垂れ、まるで粗相を叱られる犬のように縮こまった。
「まぁ、やっちまったことは仕方ないよな。手伝ってやるから。きっと2人なら今日中に作り直せるだろ。」
この人騒がせな後輩クンは、ほ、と安堵の息を漏らすと、調子が戻ったのか、自分に向かって気合を入れながら自身のデスクに戻り、鼻息荒くデータの復旧作業に取りかかった。
(だから、その意気込みの極端さが逆効果なんだぜ、お前は……)
やれやれ、と小さく肩を竦めたロックオンは、一度取り上げた荷物を床に降ろして再び椅子に腰を預け、資料について説明するリヒテンダールを恨めしげに見遣る。
どうにも、明るい部屋で温かいご飯とニャーニャー鳴く笑顔が待っていると考えるだけで、仕事中も気が急いて仕方がない。
早く家に帰りたいなんて思ったこと無かったのにな、と、ロックオンは頭半分で後輩の必死且つしどろもどろな話を聞き流しつつ、残りの半分で漠然と、そう思った。

リヒテンダールの、ともすれば暴走しがちなエンジンの噴射口を、上手くコントロールしながら手伝ってやった甲斐もあり、何とかデータの耳を揃えて完成させることはできたが、それでも、家に辿り着いたのは、こんな時間 ――、日付の変わる直前になってしまったと言う訳で ―― 定時に帰宅する予定が、とんだ誤算だ。
「アレルヤは……寝た、のか。」
独りごちながらラップの端を僅か捲り、不器用な彼らしい不揃いな唐揚げを摘み上げると、唇の間へ、ぽん、と放った。熱は失えど、サクサクとした衣の歯ざわりは残っており、口内で軽やかなリズムを奏でる。
「部屋借して貰ってる訳ですし、家のことくらいは任せてください」と胸を張りながらも、こっそり覗いたキッチンの中ではいつも、眉間に皺を寄せレシピと睨めっこをしているアレルヤの様子を思い出し、くすりと笑った。
(まったく…絆されてるぜ。俺も……。)
香ばしいスパイスの刺激が喉から鼻を通り抜け、嚥下された唐揚げはゆっくりとお腹へ収まった。
立ったままぺろりと食べてしまうのも勿体無いと、そのまま次に伸ばそうとした指を引っ込めて、ロックオンはラップを戻しながら、温め直すためキッチンに向かった。
電子レンジに皿を放り込んで、ネクタイを緩めるロックオンの鼓膜に、少しだけ開いた扉の狭間からサラサラと流れる細かな水音が届いた。
「…あ、ああ…、風呂に入ってたんだな。」
独り、口にした途端、ロックオンの虹彩が、ぴく、と微かに跳ねて、動きの止まった手の間からネクタイが落ちた。
思い返して…――、しまった。
出逢った日の彼を。
白く煙る雨の中、濡れてべったりと張り付いたTシャツを通して薄っすら映る肌色と、水分を含んで重たそうに下を向く睫毛の隙間から覗いた気怠げな銀灰色と。
「俺は変態か……。」
若干の動揺に首を振って冷蔵庫を開くと、胸に浮かんだ想いを打ち消すように、取り出した缶を無意識のまま思いっきり振ってタブを起こした。
プシュッ ――
噴出した泡が舞い上がり頭上から降ってきた。
「ッ…おっわ……」
自身に呆れ返りながら手元のビールを恨めしげに見つめる。
動揺は、"若干"どころではなかったようだ。
濡れた髪をかき上げて、布巾で床の水溜りを拭いていると、電子レンジが馬鹿にしたようにチンと嗤い、同時に、開け放たれたドアからアレルヤの声が追い討ちをかけた。
「ロックオン、帰ってたんですね。って…何してるんですか?」
「何も聞いてくれるな。」
覇気のない返事でアレルヤの言葉を制したロックオンが、情けない笑顔を向けると、すっかり馴染んだ家主のパジャマを身に纏ったアレルヤは、首に巻いたタオルで頭をくしゃくしゃと擦りながら目を丸くする。
「それより、今日は帰りが遅くなって悪かったな。」
「いえ。僕の方こそ、先にご飯もお風呂も済ませてしまって。」
いつものように眉尻を下げたアレルヤは、胸の前に上げた両手の平を、立ち上がったロックオンの方へ向け、左右にふるふると振った。
その動きに合わせるように、まだ湿った髪が揺れ、清潔なシャンプーの香りが、ロックオンの鼻先で弾けた。
「………っ」
先程自らが思いきり否定した心情が、理性の堤防を打ち壊そうと、白波を立てて次から次へと襲ってくる。
(俺、いつの間にこんな……ッ…、相手は男だぞ……気の迷い気の迷い……。)
一層高まる動揺に身体の内側を掻き混ぜられながら、何とか鼓動を落ち着けようと躍起になっているとロックオンの頭にふわりとタオルが掛けられる。
「ロックオンも早く髪乾かしてください。僕が使ったタオルで申し訳ないけど。」
微笑んだアレルヤに、呆気なく白旗を揚げた堤防は塵と化した。
腕を伸ばし、ぎゅう、と、胸にアレルヤを抱え込む。
アレルヤが小さく息を呑んだ気配がした。
(おい!俺〜…―――!)
自分へのツッコミも空しく、気持ちは治まるどころか熱い塊となって、抱きしめる腕には力が入る一方だ。
やばい、と思った。
このままアレルヤの香りを、、奪い去ってしまいたい衝動に駆られる。
「………アレルヤ……」
上擦った吐息混じりの声で彼の耳もとに囁いた、その瞬間、
「や、だ……ッ!」
ドン、と胸板を突かれ、ロックオンは呻いた。
思いの外力強く突き飛ばしてしまった自身と、その所為で、へたり、と座り込んだロックオンに、一瞬躊躇いの色を浮かべたが、アレルヤはそのまま踵を返し、バタバタと足音を立てて自室へと駆け込んだ。
NOVEL  >>  G00 _ Modern parody  >>  story 04
Copyright (c) 2009 mR. All Rights Reserved.