「泥棒!?」
素っ頓狂な高めのバリトンが天井に吸い込まれた。
手元のマグカップの中で、深い茶の液体がゆらりと大きく揺れ動揺を伝える。
「ええ…トイレットペーパーがね。大量に無くなったんですって。」
躊躇うように少し困った表情を湛えて微笑み、スラリと伸びた指を顎に当てたスメラギが頷いた。
ビターなフランボワーズショコラの瞳を流しリヒテンダールに続きを促す。
どうやら、プトレマイオスに突如現われた゛泥棒゛を見つけて報告したのは彼のようだ。
「ストックがごっそり無くなってたんスよ。誰かがお腹くだしてたりして。」
暗に、マイスター誰かの仕業だろうと、ニヤニヤと口元を歪めるリヒテンダールから目を逸らしたロックオンは、眉尻を下げた。
突然カフェテリアに呼び出されたかと思えば、手のかかる家族達の中からこそ泥を探し出せという按配らしい。
確かに今日はほかの3人を見ていない。怪しいと言えば怪しいだろうか。
それにしても
――…
「トイレットペーパーなんて盗んでも……」
どうしようもないだろうに、と嘆息するロックオンを尻目に、目の前の2人の男女は些細極まりないこの事件を楽しんでいる様子で、
「せっかく泥棒するなら、もっと金目の物にすればいいのにね。」
「それは不謹慎っす。」
くすくすと笑っている。
ロックオンは乗らない気を奮い立たせるように、すっかり冷めたコーヒーを一息で喉に流し込むと、ゆったりと腰を上げた。
「あいつらの部屋を回って、確かめて来ますよ。」
【
ローリング ローリング ペーパー
】
「アレルヤーいるか?」
真っ先に足を向けたのは、アレルヤの部屋。
訳もなく備品を自身の物にする彼などロックオンには考えられなかったと同時に、優しい彼ならばこの厄介で下らない探偵ごっこにも付き合ってくれるのではないかと、幾ばくかの打算があったのも事実だった。
だが、ささやかな期待は外れ、扉をノックししばらく待っても部屋の中から応答は返らない。
「……いねぇのか。」
惜しげに扉を手のひらで軽く撫ぜると、シュン…――
開いた。
ロックされていなかったらしい。
誰へともなく「失礼するぜ」と呟いて視線を部屋へ進入させると、小さな部屋の端から端まですぐに行き当たってしまい、やはりそこに彼の姿を視認することはできなかった。
目に飛び込んだのは、ただ1つ、床の隅に落ちた薄っぺらな白。
「あれは……――
まさか、な。」
思わず駆け寄り摘み上げたそれは、紛れもなく、水に溶け易く産み出された紙の切れ端だった。
「アレルヤがトイレットペーパーを……?いや、しかし。」
彼自身の姿がなければ話を聞くこともできないな、と、摘んだ紙を無造作にボトムスのポケットに突っ込んで、再び舞い戻った廊下の先に、足早な動きに合わせて揺れる癖のある黒髪を見つけ、
ロックオンはバーを握り速度を上げた。
「おい。」
低い肩を軽く掴んでやると、大きく震えてぴたりと足が止まった。
「…ロックオン。」
振り向いた少年が慌てて手を後ろに回し、動揺を押し込めて喉から搾り出すような声を漏らす。
何か隠しているのは明らかだ。
が、確信もなく責め立てるような子ども染みたことは性に合わないと、ロックオンは笑みながら柔らかい声音で問いかけた。
「刹那、ここに居たのか。ああ、それから、アレルヤ知らないか?」
「………………、知らない。」
微かに開いた唇を結びぎこちなく首を振った刹那の頭を、くしゃりと掻き、「さぁて、こいつが隠してるのは、トイレットペーパーのことか、アレルヤのことか……」と思考を走らせていると、
「俺に触れるな…ッ!」
空気を切る乾いた音がして、ロックオンの手は冷たく払われた。
手のひらに小さな痛みを感じると共に、何かがコロンと転がり爪先にぶつる。
「あ。」
刹那は褐色の虹彩を見開いて吐息のような悲鳴を零し、拾い上げようと手を伸ばしたが、僅か早く、さっと奪い持ち上げたロックオンが、刹那の届かない宙でくるくる回し、顔を覗き込む。
「これは?」
「ロックオンには関係ない。」
「関係ないことはないぜ。」
顔の前まで降ろし突き付けてやる。
そう、ロックオンを払い退けた体温の高い手から転がり落ちたトイレットペーパーを。
予想外に早く見つかった犯人に少々拍子抜けしながらも、全く意図の掴めないロックオンは訥々と諭した。
「お前だって、理由も話さずこそ泥扱いされるのは嫌だろ?」
「こそ泥…?」
白く巻かれた紙の束の奪還に成功した刹那が、訝しげに眉を顰める。
「ちっとばかし騒ぎになってんだ。トイレットペーパーがごっそり盗まれたってなぁ。」
「別に盗んでいる訳じゃない。」
口を尖らせてぼそりと反論する様に、まるで悪戯をした子どもでも説教している気になりそうだ。
「貯め込んでるのは認めるんだな?」
「……………。」
「じゃあ、それ何に使うんだ?」
「……………。」
核心に触れられそうになると、だんまりを決め込むつもりらしい。
ロックオンは手のひらを上向きに腕を広げると、大仰に肩を落としてため息を吐き出しながらも、すぐに取り繕うように明るく、
「よし、お前の部屋で理由でも聞かせてもらうか。トイレットペーパーも戻さねぇとな。」と、提案する。
「部屋は、だめだ…ッ。」
激しい拒絶を顕わにした刹那の首根っこを、ぐい、と握り寄せると、暴れる少年をずるずると引き摺った。
「…やめろ…離せ!」
非難めいた叫び声も、BGMとなって耳をさらりと通過していく。
刹那が身を捩り抗うのも空しく、すぐに辿り着いた部屋の前、躊躇いもなく扉は開かれた。
部屋の中に居た先客が菫色の髪をふわりと逆立てて振り返る。
「遅いぞ!刹那・F・セイエ……」
出迎えた怒号は吃驚にフェードアウトし、彼の紅い瞳は大きく揺れた後、キ、と刹那を睨めつけながら、喉を押さえつけたような苦々しい低音で問う。
「なぜロックオン・ストラトスが一緒にいる。」
「……勝手に連れて来られた。」
一触即発、鋭い眼光をもって牽制し合うティエリアと刹那を、宥めるよりもまず、ロックオンの視線は部屋の様相に奪われた。
「な……んだぁ!?この部屋は……。」
白い。
白い。
部屋中ふんわりとした白に包まれていた。
空気に軽やかに揺れるそれは天使の羽根のように美しい…――
訳もなく。
「部屋中トイレットペーパーだらけじゃねぇか!」
窓には、細く切られた紙が輪繋ぎに踊る。
壁には、くしゃりと丸められた紙が花弁を開いて咲き誇っている。
床には、作業途中なのか、屑紙の山の中ロールのままのトイレットペーパーも見えた。
「…説明、してもらおうか。」
ロックオンの呆れた表情に、「計画を歪めて…」と呟き、再度刹那の網膜をじろりと恨めしげな紅で塗ると、大きく息を吐き出し肩を竦める。
刹那は、ティエリアの浮かべた諦めの表情を受け、ぼそ、と口を開いた。
「誕生日には紙で部屋を飾ると、沙慈・クロスロードに聞いた。」
ぱちくりと瞼を動かしたロックオンの頭の中で、散らばったピースがゆっくりと集まり、形を作る。
「誕生日?…ッ、まさか……」
「昨日聞いたので、飾りも何も、用意などできなかったものですから。」
ティエリアは「突貫工事です」とゆったり頷いた。
「お前ら……」
予想だにしていなかった真相に、
「それにしても、トイレットペーパーはないぜ!」
くしゃりと顔いっぱいに笑みを映したロックオンは、「ッ…やめてください。気持ち悪い。」と居心地悪く柳眉を顰めるティエリアも、ぶっきらぼうに黙り込む刹那も、まとめて抱きしめてやった。
と、ふと、気づく。
「そう言えば、アレルヤも共犯か?ここに姿は見えないようだが。」
2人を解放して、ボトムスのポケットをごそごそ弄り、トイレットペーパーの切れ端を摘んで見せた。
「ああ。プレゼントです。」
勿体を付けて唇の端を持ち上げたティエリアが、クローゼットから、ぽい、と大きな塊を放って寄越した。
「あなたが1番欲しいものを、ラッピングしておきました。」
投げ出された衝撃に覚醒し、ぼんやりと瞳を開けたアレルヤが、ぱちぱちと瞬きを繰り返し、「ここは」と小首を傾げた。
その体にはご丁寧に、ぐるりと白いリボンが巻きつけられている。
もちろん柔らかい紙でできたリボンだ。
「……窃盗及び誘拐罪だぜ。」
ロックオンは唸り、2人の小さな犯人に巻き込まれたらしい被害者を抱え上げた。
「だが、プレゼントもありがたく戴くぜ。」
「え…あ、ロックオン…?」
事件の収束に、ロックオンは、
「今度コーヒーでもご馳走してやるよ。」
ティエリアと刹那にウインクを投げる。
ただ、把握できず取り残されるアレルヤには、「ゆっくり説明して祝ってもらうぜ。耳元でな!」と、笑った。
「ミス・スメラギへの報告は、まあ、後でいいか。」
〔 fin 〕