青い男の独り談議‐モノローグ‐

…―― ああ、何て、温かい。

       モノローグ
【 青い男の独り談議 】


痛いとは、思わない。
辛いとも、思わない。
ただ…――、短くも激しく宙を駆けて来た身体だけが、こんな所でじっとしていていいのかと、ほんの僅か居心地悪く疼いた。


暗闇にひとりぼっち、座っている。
どれほどの時間が経ったのか、数えていられたのは、始めの十数分ばかりだった。
頭の中で指を折るのを諦めてからの方が、随分永くなってしまった。
一頻り泣き喚いた腹の虫も、喉が嗄れてしまったのか、大人しい。

不思議だけれど、怖くはなかった。
眸さえ閉じてしまえば、等しく黒い世界。
体にやんわりと纏わりつく窮屈な締め付けも、身体の内部へ冷たい隙間風が入らないための防護柵のようで、慣れてしまえば悪くない。
欲を言えば、両肩が壁に当たるくらい狭い部屋であれば、もっと良かった。

これでも、幼い頃は、宵闇は畏怖に値していたと記憶している。
お化けが出るのではないかと慄きながら、薄明かりの廊下を駆け抜けベッドへ潜り込み、悪夢に連れ去られてしまわないよう布団を頭の上まで被って。
睡魔と恐怖の鬩ぎ合いに朦朧としながらも、決まっていつの間にか惰眠に堕ち、毎日当たり前の顔をして昇って来る朝陽を、寝ぼけ眼を擦りながら迎えた。
彼は、そんな僕を呆れたように笑っていたっけ。
彼…―― ハレルヤは、腹を抱えて笑っていた。
息が切れるまで笑ったら、『馬鹿じゃねェの』と憎まれ口を叩きながら、朝までぎゅうと、胸の奥の芯の部分をくるんでいてくれたのを、夢うつつに覚えている。
お陰で、恐怖が睡魔に勝利する夜は遂に1度も無かったのだから。

「……怖がることなんて、ないよね?」
(怖がることなんて、ない…――、はず。)
久しぶりに声帯を震わせてみたが、堅い鉄の板に阻まれて、声になり損ねた吐息は口腔へ押し戻されてしまった。
だが、僕はお構い無しに問いかける。
暇を持て余した自身への詰問だった。
「僕達は、世界に一矢報いることはできたのかな。」
(成功したとは言えないけれど、変革の切欠にはなった…――、はず。)
「皆は元気かな…刹那も、ティエリアも、それから………。」
(全ては、まだ終わってないもの。彼等が途中で投げ出す訳がない…――、はず。)

駄目だ。
埒が明かない。
はず。
はず。
はず。

己の頭の中はこんなに迷宮だっただろうか、と、僕は絡まるシナプスの解き方が分からず途方に暮れた。

そして、思い知らされる。
彼が居たから、不完全だったのではなく、彼が居なければ振り返らずに独りで前を向いていることもできない僕が、不完全だった…―― 青かったのだと。
無性に、ハレルヤの身体を貫くような迷いの無い言葉が欲しかった。

『本当は、怖くて逃げ出したいんだろ?』
―― そんな隈だらけの顔して、独りで強がるなよ、アレルヤ。

装飾の1つもなく不躾で、それでいて、真っ直ぐな言葉で。
今の僕の、怖くないと嘯いているくせに、ぎゅうぎゅうに縛られながら小刻みに震える指を、いつものように赦して欲しかった。
その願いは、応答のない頭の左側に、儚く霧散したけれど。

そうだね、怖いよ。
実の所は、痛いし、辛い。
お腹も空いた。
…―― 逃げ出したい。
それでも。
また扉が開いて彼 ――、彼等の笑顔に逢える。
そんな細く赤い希望が、彼との約束が、蜘蛛の糸のように美しい放射線を描きつつ、心に巣食って僕を放さない。
生きると誓った約束が。

だから、もうしばらく…――
鈍く光る鋼の内側で、世界に向かって突き出した舌を、咬み切らずにいよう。

そう、今も、咬み切れずにいる。

項垂れると鬱陶しく顔を覆う、少し短くなった前髪を振って、そっと眉根を寄せる。
ハレルヤが、褒めてくれるかのように、慰めてくれるかのように、見えない指を伸ばして、僕の眸から頬を伝って顎へ、一筋撫ぜた。
睫毛が、濡れた。
…―― ああ、何て、温かい。


扉は未だ、重たく閉ざされたまま。
耳を欹てて、近づく足音を待っている。


〔 fin 〕

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