good night kitten

2人の青年が、鏡越しに背中を合わせて座っていた。

紙のように薄い薄い硝子なのに。
背中が触れ合っているのに。
互いの体温を感じることもなく。
凍えてしまいそうな風だけが、2人のアシンメトリーな髪を撫でて嗤った。

1人の青年は、夜空に瞬く星よりも煌めく瞳を、きゅう、と細めて、まるで独りごちるように呟いた。

「なァ。
もし俺が死んだら。
口にはたっぷりのマシュマロを詰めてくれ。
味気無い綿をくちゃくちゃ噛むなんてごめんだぜ。」

絞り出されたその声を背中で受け止め、片割れの物静かな青年が、唇の端をついと歪めて微笑む。
しかし、その瞼はぴくりとも動かないままだった。
ただ少し寂しそうに睫毛が頬に密やかな陰を落として。

「マシュマロは苦手なんだ。
歯応えがなくてほんのり甘くて。
僕は、たっぷりのコーヒーヌガーを含んだ、ビターなチョコレートの方が好きだな。」

穏やかなトーンの反論も、聴こえているのかいないのか、金色の虹彩を震わせた青年は続けた。

「それから。
鼻には朝露の煌めく彩とりどりの花弁を。
花の香りは心を躍らせるぜ。
無垢な色をどう変えてやろうかってなァ。」

く、と喉を鳴らした彼の震える肩を感じながら、アレルヤは小さな息の塊を投げた。
白い息は壁に当たって、それこそ、芳醇な香りを含んだ花のようにふわりと咲いて儚く散りゆく。

「嗅ぎ慣れない花々の薫りなんて。
肺が驚いて噎せ返ってしまうよ。
きっと、朝目覚めた部屋中に湯気を燻らせる暖かいシチューとパンの方がいい薫りさ。」

ハレルヤは少し沈黙した後、今度も、聴こえているのかいないのか、再び口を開いた。

「死装束なんてセンスねェ服はもっての他だな。
それなら、ハレルヤと口ずさみながら、冷たくなったこの身体に、ただお前の腕を絡めて抱いていてくれればいい。」

「僕の腕から全ての熱を奪ってしまうつもりかい?
抱きしめるなら小さくてふわふわした動物を選ぶよ。」

遂にアレルヤは、きゅ、と唇をきつく結び、振り返った。
硝子の向こうの彼も、全く同じ動きで顔を向け、銀灰色と金色が絡み混ざり合う。射るようなハレルヤの視線を押し返すように、いつになく強い光を宿し見つめた。

「君が感傷的になるなんて珍しいね。」

自嘲めいた表情を浮かべ、ハレルヤは顔の前に上げた掌をそっと翳した。
アレルヤのそれとぴったり重なる。
感じるのはやはり、ひんやりと冷たい硝子の温度だけだった。

「感傷的ィ?てめェは相変わらず馬鹿だな。」

「これは何よりの愛の詩だぜ」と鼻を鳴らしたハレルヤの真意は分からないまま、アレルヤは嗜めるように返した。

「でも残念だね。
さっきも言った通り、君の最期の願いなんて何1つ叶わないから。
だからまだ赦されない。逝けないんだよ。君も……僕も。」

「ああ………、残念だ。本当に残念だ。」

ひたひたと足音を立てて近づく睡魔の侵食を受けながら、これ以上センチメンタルな気分に沈むのはごめんだと、アレルヤは会話に終止符を打つ。

「明日も早い。そろそろ寝ようか。電気を消すよ。」

ハレルヤは何も言わず頷いた。

「おやすみ。」

闇が幕を下ろした部屋の中、もう、ハレルヤの返事は聴こえなかった。
硬いマットレスに身体を投げ出したアレルヤも、静かに瞼を下ろす。
そして、遠のく意識の中、声にならない唇の動きを、記号に変えて、ぽつりと宙に描いた。

「ハレルヤ。いずれ君が消えゆくことが僕への愛だと言うのなら、
―― 馬鹿なのは君だよ。」

次第に細くなってゆく語尾は、すう、と寝息に溶けて消えていった。


〔 fin 〕

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