太陽に、焦がれる

君が僕にそっとくちづけをした。
肌に優しくふれる春風のようにそっと。

願わくば、このまま。
唇がふれ合ったところから溶け合って、つま先や頭のてっぺんまで全部。
君とひとつになってしまえたらいいのに。
光に全て包まれてしまえたらいいのに。


【 太陽に、焦がれる 】


初めてのミッションのあと、僕は想像以上に疲れていた。

厳しい訓練を受けながら、覚悟は確かにできていたはずなのに。
自らの愛機が吐き出した炎の反動が、僕の内蔵を揺らした瞬間、自分のこの手が、ともすると、人の生命を左右してしまうのだ、という、実感がこみ上げてきて。
(そう、まるで神様になったみたいに、人の生命を…。)
そんな大それた現実と顔を合わせたとたん、少し怖くなったんだ。

協働したティエリアはというと、やはりと言うべきか、初めから終わりまで、呼吸ひとつ乱さず淡々と任務をこなしていた。その潔いまでの華麗でスマートな様子に、僕は、ミッションを終えてもかすかに震えている自分の指先が、何だか恥ずかしかった。

ティエリアに呆れられないように、クルーの誰かに心配されないように、努めて冷静さを装いながら報告を済ませると、僕は、挨拶もそこそこに重たい身体を引きずって、自分に割り当てられた小さな部屋に向かう。
耐え切れず、は…、と小さく息を吐き出しながら、扉を開け部屋に滑り込むなり、僕の身体は、糸を切られたピノキオのように力を失った。
扉脇の壁を背にしゃがむと、そのまま、泥のように眠りに落ちた。

* *

「アレルヤ」
誰かが呼んでいる…ここは……射撃場?
「お前アレルヤだろう。初めましてだな。俺はロックオンだ。」

ああ、これは、夢の中だ。
彼に初めて会った日の。

そう。彼に初めて会ったのは、ヴァーチャルで射撃の訓練ができる、真っ白で無機質な部屋の中だった。
今でも鮮明に覚えている。

「どうして、僕の名を…?」
「よくここで射撃してるの見かけたから、スメラギさんに名前聞いてきたんだ。一緒に練習しようと思ってな!」
本当は、僕も彼のことを知っていた。広い訓練場で、彼は一際目立つ存在だったから。
いつも誰かが周りにいて。明るくて、笑顔の似合う男だと思った。
僕とは、正反対の。

他の色と雑じり合えない黒。
僕の中は黒で溢れてるから、太陽みたいに輝いてる君の色を、きっと…喰い尽くしてしまうんだ。

その彼が、今自分の目の前にいて、話をしている。
(でも、深入りしてはいけない)
(彼を黒く染める前に早く、逃げなきゃ…逃げなきゃ)
僕の心のどこかで、警鐘が鳴り響く。
(逃げなきゃ…でも、)
心を、むずと掴まれたように、僕は彼の眩しさに捉われた。
「ロックオン…。僕は、そう、アレルヤ・ハプティズム…初めまして。」

彼との射撃の訓練を幾度か重ねた、ある午後、ロックオンは何か物思いに耽っているのか、いつになく無口だった。
僕はいつも、あえて自ら話しかけることはしなかった。その日も。
彼と共にいる空間は、静寂ですら、何か温かく、無ではなかったから。
「ここで訓練してるってことは、お前もガンダムマイスターに選ばれてるんだよな。」
口を開いた彼は少し遠くを見つめて、静かな声で呟いた。
「ええ」
僕も静かに返した。
「もうすぐソレスタルビーイングの武力介入が始まる。」
「そう、ですね…僕たちは、人間から凶器になるんです。」
「それも、平和のため……、か。」
床に目を馳せた彼の頬に、長いまつげが陰影を落とす。
その影のせいか、ふと寂しげな表情がよぎったような気がして。
初めて見る彼のそんな表情に、僕は思わず手を伸ばしたい衝動に駆られた。
「アレルヤ」
手を、びく、と動かした瞬間、僕のそれは、彼の大きな手にからめ取られ、身体の重心がぐらりと傾いた。
ロックオンの手は温かかった。
「それでも…、」
少しかすれた声と、吐息が、僕の長い前髪を揺らす。
「生きるぞ、一緒に」
(あぁ …、ロックオンと一緒なら、何があっても、大丈夫かもしれない)
僕の唇にそっと春風が吹いた。

* *

「……ん!?」
僕はそこで目を覚ました。
今まで見ていた夢の続きのように、目の前には、彼の顔があった。
唇がそっと離れる。
「お疲れ、眠り姫」
そう言って笑いながら、ロックオンは陽気に片目をつむってみせた。
「ラウンジでみんなが待ってる。行こうぜ。」
差し出された手は、あの日と変わらず温かかった。
僕はぎゅっと握り返した。強く。

他の色と雑じり合えない黒。
僕の中は黒で溢れてる。だけど、もう逃げないよ。
太陽は、全てを照らす。夜の闇さえも、朝の陽が射すとその光に飽和される。
光は闇を、全てを赦してくれる。だから、闇は光を恐れ、そして、焦がれる。
そう、分かったから。

ごめんね。

大好きだよ。大好きだよ。
きっと、ずっと、焦がれ続ける。

ごめんね、ロックオン。
ごめんね、…ハレルヤ。


〔fin 〕

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