不快、且つ快楽

「……てめェ、マジ気色悪ィ。」
「は、…じゃ……お前も…声出すなよな。」


【 不快、且つ快楽 】


「「…あー…かったりィ……―― 」」


* *


紅い瞳の青年の疎外感。


俺は兄貴が大好きだ。

セックスだとか、そんなもんよりもっと( いや、できるならしてぇけど ) 、兄貴に俺だけ見て欲しいとか…―― 何か、嗤っちまうよな。

「なぁなぁ、兄貴ぃ。」
「何だ。」
尖らせた唇から零す猫撫で声で甘えながら、ソファに座って読書する兄に後ろから腕を回すと、彼は本をパタン、と閉じて、背中にぶら下がるミハエルを一瞥した。
真面目な彼の声は静かで硬く、そのトーンにもあまり抑揚がない。
それでも、弟や妹へ向ける時だけは、少し穏やかに丸みを帯びることも知っていた。
自分の座っている横を空け、ぽんぽん、と叩きながら「座るか」と促したヨハンに、ミハエルは、ぱ、と顔を輝かせると、大股を開いて無遠慮な程どっかりと陣取り、
「今日の俺、大活躍だっただろ?」
兄の方へ白い歯を見せて笑った。
「そうだな。よくやってたんじゃないか。」
「だろだろー?」
シャドウブルーの瞳を細めて頷くヨハンの言葉が、ミハエルの胸に、じわり、と生温い染みを広げる。嬉しい。嬉しい。嬉しい。
殆ど休みなく引っ切り無しに続く面倒なミッションも、こうして兄の役に立てていると思えばこそ、文句は言えども、結局の所遂行できている。
(いつもは、かわいいネーナにイイ所を見せたいってタテマエだけどな。ホントは兄貴に……。)
「俺、次のミッションも頑張っからよぉ。」
「はしゃぎ過ぎないようにな。」
「へーい。……それでさぁ………、」
今度予定空いたら一緒に地上に遊びに行かねぇ、と、まるっきりデートのお誘いでもするように言いかけたミハエルを遮るように、ヨハンが口を開いた。
「ところで、さっきから見当たらないが、ネーナは部屋に居るのか。」
「……あ、ああ。雑誌読んでたみてぇだけど……。」
「そうか。」
兄の「何か言いかけたか」というフォローの疑問符にも、歪んだ笑顔で首を振り、小さく溜め息を吐く。
(全く兄貴は分かってねぇよな。)
「ネーナは目を離すとすぐいなくなるからな。」
(女の子だから、心配?放っておけねぇってか?)
「………ひいき、だ。」
ミハエルの口をついて流れ出たのは、また、可愛いげのない憎まれ口と小さな舌打ちだった。
(今は、俺と兄貴の時間だったのに。)
可愛さ余って何とやらと言うが、妹の明るい笑顔と我が儘は、それはそれと、憎むどころか許せてしまうミハエルには、得体の知れないモヤのかかった憤りの、噴出口を見つけることもできず、心に溶けない灰となって積もった。
それを一掃してしまうようにドアが開き、快活な風が飛び込んで来る。
「ヨハンにぃ〜ちょっと見てこれ!」
「ネーナ。どうした?」
「これこれ、かっわいいのぉ!ヨハンにぃ〜今度のオフに買いもの行こ?」
どうやら目ぼしいものでも見つけたらしい。
雑誌の1点を指差し、ミハエルを押しのけてヨハンの横に座ると、語尾にハートマークを散らした砂糖てんこ盛りの声で、兄に擦り寄った。
彼女の、財布を握る兄を街に連れ出してねだるのだろう魂胆は、容易に予測できたが、ヨハンはまんざらでもなさそうに「やれやれ」と苦笑しながら、妹の頭に、ぽん、と掌を置き、
「分かった。約束しよう。」
「あ!それなら、俺も……」
「だーめ!ヨハンにぃと私のデートだから、ミハにぃはお留守番ね。」
長兄の肩に頭を乗せて右腕を絡めたネーナは、空いた左の人差し指をミハエルの目の前に突き出し、便乗の申し出を即座に却下する。
取り付く島のない妹に、子どものように、ぷく、と頬を膨らませたミハエルの身体が、ずるりとソファに沈んだ。
「お土産買ってくる。」
兄の優しいフォローにも、
「別に、要らねぇ……」
頬の空気は抜けない。
次兄の真似をして片頬を膨らませた表情をヨハンに見せながら、高音でケラケラ笑ったネーナは、出したままの人差し指で項垂れた真っ青な頭を軽くつついた。
「いじけてるー。ミハにぃ子どもね!」
ちくしょう。
(俺が先に誘おうと思ったんだぜ。兄貴のばーか。)

セックスだとか、そんなもんよりもっと( いや、できるならしてぇけど ) 、兄貴に俺だけ見て欲しいとか…―― 何か、嗤っちまうよな。

俺は兄貴が大好きだ。

それなのに、この状況は何だってんだ。


* *


金の瞳の青年の孤独感。

俺はアレルヤを愛してる。

身体だけじゃなく心まで、全部、犯してェ。だが、それよりもっと、ただ俺だけを見て欲しいなんて…―― まったく、嗤っちまうぜ。

『アレルヤ。』
待機中の暇を持て余し、小一時間もベッドに寝転がってぼんやり天井を眺めているアレルヤを見かね、相手でもしてやろうとハレルヤが腰を上げる。
「なぁに?ハレルヤ。」
銀灰色の瞳を少しだけ動かして応える彼に、ゆったりと囁いた。
『愛してるぜ。』
纏わりつくような、頭の内側から愛撫するような声音で、単刀直入に告白を受けたアレルヤは、半開きの口のまま睫毛を揺らすと、
「何言ってるの。」
少し間を置いて、くすくす笑った。
「フン。」
(ニブいアレルヤは俺の想いを信じねェ。だから言えんだけど……何か癪に障る。)
ハレルヤは、チィッと、舌打ちをし、両手の主導権だけを奪って、アレルヤの頭を殴ってやる。
もちろん手加減はしていたが、彼は小さな悲鳴をあげハレルヤを嗜めた。
「いたた…ハレルヤ暴れないで……っ!」
『こんなの痛くねェだろ。』
「痛いって。……っわ。」
一頻りはた迷惑なストレス解消をしたハレルヤが、仕上げに深緑の髪を、くしゃくしゃ、と掻き混ぜると、アレルヤは擽ったそうに身を捩りながら笑みを零した。
「まったくハレルヤは悪戯ばかりして。」
『お前ェが暇そうにしてっから構ってやったんだよ。』
多少荒っぽくも、じゃれ合っていた部屋の向こうで、ふいに、コンコン、と扉をノックする音が響き、色気を含んだバリトンがアレルヤを呼んだ。
「アレルヤ居るかぁ?」
『…アイツ……』
「ロックオン!」
声に気を取られたハレルヤから、いとも容易く身体の主導権奪取に成功したアレルヤは、それまでののんびりした動きとは反対に、さっと素早く身体を起こし、「ええ、今開けます」と言葉を投げて扉へ向かった。
『おま…開けんなよ。ヤツの顔なんて見たくねェ。』
アレルヤは、ハレルヤの訴えもさらりと流して、ロックを解除する。
シュン ――、音を立てて扉が開き、縁に凭れた青年が色素の薄い髪を、ふわり、と揺らして微笑んでいた。
「どうしたんですか。」
「入っていいか。」
アレルヤがやんわりと尋ねると、部屋の置くに視線を馳せながらロックオンが首を傾げた。
ええ、と頷いて迎え入れる。
何度も訪ねている所為か、慣れたもので、自室のようにベッドへ腰かける来客の方へ、ハレルヤは辟易した、さも厭そうな表情をお見舞いしてやるが、それは、穏やかに笑むアレルヤを通して表に出ることもなく、ロックオンは鼻歌混じりに足を伸ばした。
「コーヒー、飲みますか?」
「ああ、ありがとな。」
ロックオンにコーヒーを手渡すと、自分のカップを両手で包んでベッド脇のチェストに座り、
「それで、どうしたんですか?」
ふう、と熱い湯気を吹いて冷ましながら、上目遣いに聞く。
「用が無いと来ちゃいけなかったか。」
ロックオンの言葉の真意が理解できなかったのか、アレルヤは虹彩開いて「え」と息を漏らした。
「いや。」
微笑み呟いて、ロックオンは、ず、とコーヒーを啜った。
沈黙を怖がるように、アレルヤが遠慮がちな声で言葉を繋ぐ。
「……あの、ロックオン。爪先が当たってます…けど。」
先程から、ロックオンの組んだ足の先が、アレルヤの膝下に、ぴた、と、くっ付いていた。
無理に搾り出した話題だったのか、ロックオンの視線と絡んだ銀灰色の瞳が、「しまった」と不安げに振れたが、ロックオンはすぐに表情を崩して悪戯っぽく、ニヤ、と唇の端を持ち上げた。
「わざと。」
アレルヤが聞き返す間もなく、つつ、と爪先が動いて脚を撫ぜられ、彼は、ぴくん、と肩を微かに震わせる。
(この野郎……っ)
「アレルヤ、好きだぜ。」
「…ロック、オ…ン」
どくん、と、大きく揺れたアレルヤの鼓動が、身体の内部を通って伝わった。
(くっそ……ムカつく。)
見てらんねェ、と、ハレルヤは半身との接続を遮断した。
("好き"より、"愛してる"の方が大きいっつーのに。アレルヤのバーカ。)

身体だけじゃなく心まで、全部、犯してェ。だが、それよりもっと、ただ俺だけを見て欲しいなんて…―― まったく、嗤っちまうぜ。

俺はアレルヤを愛してる。

それなのに、このザマは何だってんだ。


* *


「……利害関係の一致?」

ゆらゆらと揺れる腰を止めると、リズムに合わせて宙を踊っていた真っ青な癖っ毛が、重力に引き寄せられ、大人しく纏まり鎖骨に流れた。
ハレルヤは、前に立つ青年の、紅い瞳に負けない鋭い光を放ち、唇を歪めた。
「違ェだろ。バーカ。しいて言うなら、ただの暇潰しだな。」
「ははっ。暇潰し、な。」
犬歯の隙間から吐き出された冷めた言葉に、込み上げる嗤いを押し留めようともせず、ミハエルが頷きながら肩を震わせる。

初めに誘ったのはどちらが先だったのか。
それも、今となればどうでも良い事の1つだ。

ここが何処かなんて知らない。
ハナっから気にしようともしなかった。
(おそらく倉庫か何かだろう。)
何処だって良かった。
薄暗くて狭くて湿っぽい場所なら、何処だって良かった。

苛立つ度に相手を呼び寄せ、自分の心に開いた、ぐちゃりと汚い中身を今にも溢れ出させてしまいそうな黒い穴さえ、適当に縫い合わせてしまえれば、それで、良かった。
爛れた非生産的な行為で、感情を自分勝手にぶつけて。

正直な所、相手だって誰でも良いんだ。
嫌いな相手なら、なおさら好都合。

「…っウ…は……」
予告も無く再びミハエルの下腹部が大きく蠢き、ハレルヤは吐息の混じった呻き声を零す。
向かい合った身体の間で、くち くち、と水音が鼓膜を震わせ、先刻から行儀悪く涎を垂らしている熱同士が擦れ合った。
「…はぁ…ふ…っ…あァ……ッは…」
ハレルヤは凭れるように背を壁に預けて、喉を逸らし絶え間なく息を流すことで、波のようにせり上がる甘い痺れを逃した。
足元にくしゃりと固まるボトムスから剥き出しになった、ハレルヤの健康的な肌色の太腿に置かれた、ミハエルの体重を支える白い指が喰い込む。
「爪、痛ェよ…ッ…切っとけバカ。ぶっ殺す…ぞ……、くっ…」
「…っは…悪ぃ……ん…」
吐息の合間に心のこもらない謝罪を口にしながらも、がっつくような動きは止めないミハエルを、生理的に浮かぶ涙が滲んだ金色で、じ、と見つめたハレルヤは、柳眉を顰めて嗤った。
「……てめェ、マジ気色悪ィ。」
「は、…じゃ……お前も…声出すなよな。」
「フン……ココはその声に感じてんだろ。」
ハレルヤが壁に沿わせていた右手を離し、揶揄する表情を浮かべてミハエルの熱をぐっと掴んでやると、血管を浮かび上がらせた猛りは一層容積を増し、びく、と痙攣した。
「…っるせぇよ。生理現象…だぜ……」
「へぇ」
顎をしゃくり、見下すように歪めた唇の狭間を、チロ、と見え隠れする紅い舌と、その挑発的な笑みに吸い寄せられるように、ミハエルは顔を近づけ、深緑の髪の奥に見える耳朶を舐め上げる。
「どっちが我慢できるか競争するか?」
囁きながら中耳に差し込んだ舌に、「ん」と瞳を細めたハレルヤの太腿を、すい、と滑り腰に回ったミハエルの手は冷たく払われた。
「…てめェの早漏には…、負けねェな。」
「……ったく強がっちゃってよぉ。」
大仰に溜め息を吐く仕草をして見せたミハエルは、すぐに、自分の熱を包んだままになっていたハレルヤの手を開いて、自身とハレルヤの欲望の塊を纏めて握らせ、その上に掌を重ねた。
指を絡め、2つの熱に同時に摩擦を加える。

いつも決まってそうだった。
こんな相手に股を開くような怠い事など真っ平だと、ただ、熱が治まるまで扱き上げる。
キスを交わして情を分け合うことなんて、考えたこともなかった。
自慰にも似た、この上ないエゴの混ぜ合いに酔いしれる。

ぎゅう、と、搾るように指をキツく巻き付けると、下半身が蕩けそうな感覚に、どちらともなく自然と腰が揺らめいて、更なる淫靡な痺れを生み出す。
「…は…あゥん…っあ…あッ…ん……」
「く…はァっ……あ……アァ……」
瞼を閉じ、夢中で手を上へ下へと動かした。
半開きになった唇の端からは、押し殺した悲鳴のような声と共に、だらしなく唾液が顎を伝って流れ落ちる。
「あ…ンん……ッふぁ…あ……」
ぴゅく ぴゅく と止め処なく吐き出される半透明の粘液も、重なった手を濡らし滑りを助けた。
腰を突き出し擦り付けながら薄く開いた視界に、頬を紅潮させたミハエルの恍惚の表情が映る。
その表情はハレルヤの網膜を通して、愛しくて憎たらしい半身にすり替わり、途端限界まで膨張した熱に比例して指先にも、ぐ、と力が入った。
ふいに訪れた刺激に、ミハエルは背をぞくぞくと撓らせる。
「…っゥあ……イ…っく……っんん ―― ッ………」
ミハエルの唇が大きく開き、切羽詰った吐息が上がった瞬間、
「っ……ひァあァァっ………レ…ル、ヤ…ッ」
ハレルヤの熱も、思考も ―― そして半身の顔も、弾けて果てた。
互いの腹を白濁で汚しながら床に崩れる。
荒い息を吐きながら、ミハエルは、ニヤニヤ、と下卑た笑顔を寄越す。
「"アレルヤ"だって。何妄想してんだよ。」
ハレルヤも吐精の余韻の中、面倒くさそうに、それでも、噛み付いて返す。
「てめェなんざ近親相姦じゃねェか。ああ…お前の名前呼んでやった方が悦かったかァ?」
「はは。冗談。鳥肌立つぜ。」
「ッハ。誰が呼ぶかよ。あー…それから、勝負はてめェの負けだぜェ、早漏。」
「バッ……殆ど同時だろボケ。」
悪態を吐き合う、ドライで、ムードもクソも無い行為が、自分達には相応しいと、ハレルヤは思わず声を立てて嗤った。つられたミハエルも嗤い出す。
腹が痛くなる程嗤った後、息を整え直すと、だらり、と床に寝転がり四肢を投げ出した。

そして、2人同時に、天井に向かってゆるゆると長い溜め息を零す。

「「…あー…かったりィ……―― 」」


〔 fin 〕

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