「アレルヤ、もっとキスしていい?」
【 曲がり角から白昼夢
】
ほんのり上がった体温に厚みを増した空気が、ふふ、と零された笑みに緩む。
「何だか…普段と雰囲気が違いますね。」
「…雰囲気……?」
己の腰に回された手を拒むでもなく、身体を預けたまま、アレルヤはただ微笑んだ。
そしてゆっくり瞬きをする俺の頬をそっと手で包み、しっとりと温かい親指で下瞼を、するり、と撫ぜた。
「瞳の色が少し濃くて、余裕綽々なあなたらしくない……」
…かも、と語尾に小さく呟いた彼は、一瞬伏せた睫毛をすぐに上げ、「何て、気のせいですよね」と笑い声で濁して銀灰色の目を、きゅう、と細めた。
「よく…見てるな。」
「いえ。」
口元を緩く綻ばせたアレルヤの顔を、じ、と見つめると、ないまぜになった種々の欲望が、吐き気のように胸を逆流しようとする。
「……もっと見ろ。…――
俺を。」
「ロックオン?どういう……」
「…違う。俺、を……。」
アレルヤの言葉を遮って、押し殺すように低いトーンで語尾を吐き出し終えるか終えないうちに、俺は再び彼の顎を掬った。
「っふ…んぅ…」
噛みつくように重ねた唇の隙間から、強引に舌を差し入れ口内を侵す。
呼吸を整える暇も与えない激しいくちづけに、アレルヤは柳眉を寄せ、その鼻腔から形にならない吐息の切れ端が抜けた。
奥に小さくなっているアレルヤの味覚器官を絡めとり、時折、ちゅ、と軽い音を立てながら、存分に味わうと、それが火を付けたのか、俺の肩に置かれた彼の手がモスグリーンのシャツを握り込み、たどたどしくも決して初めてとは思えない舌の動きで応え始めた。
懸命に自身の舌を蠢かせるアレルヤの切なそうな表情を目の端に捉えた瞬間、背筋を舐め上げられたかのように、ぞくり、と恍惚の波が押し寄せ、俺の理性を飲み込んで泡沫へ溶かした。
今にも快楽に流されてしまいそうなのはアレルヤも同様らしく、たゆたうように俺の腕の中に身体の重みを預けてくる。
その芳しい体温を受け止めながら、すい、と身体の位置を入れ換えて、アレルヤを自らの横たわっていたベッドの上へ誘ってやる。
予想だにしていなかった程僅かな力で、180cmを優に越える男を、組み敷いて見下ろすことに成功した、現在の自身の身体
―― 否、ここはアイツの身体と言うべきか ――
に、小さな憧憬と苛立ちを覚えながらも、期待と不安に身じろぐアレルヤの放つ強烈な色を前にした今、そんな負の感情など些細な起伏の1部にすぎず、俺の全ての神経はすぐに彼の身体に触れることにのみ集中して向けられた。
胸の上に並んでぷくりと可愛く己を主張する粒へ、吸い寄せられるように顔を寄せると、身体のラインを克明に模ったアンダーの上から、唇を器用に使って啄ばむように遊んでやる。
あまり枚数を持ってはいないだろう彼のアンダーに、たっぷりの唾液がじわりと滲み、染みをつくり、汚れてしまおうが、そんなことに興味ない。
「ここ、舐めたかった。」
生温い口腔の粘膜の中で、敏感な突起を、合間に軽く歯を立てながら転がされ、アレルヤの細い腰が、ぴくん、と跳ねる。
「ぃ……い、つも……ん…なめる…くせに…っぁ」
俺へ投げて返す彼の言葉も、甘く震える。
「…いつも……。」
「っ……んん…ッ?」
「そうか。」
彼とアイツとが密やかに分かち合っていた、この眩暈がするような濃厚で気怠い行為も、最中に見せる顔も、発する声も…――
もう、2人の間だけの特別のものではないと。その秘密の一片を知り、アイツから奪ってやったという事実に、俺は心の隅にどこか子どもじみた満足感すら覚えた。
相手の理解を求めようともせず独りごち、腰の向こうに回した右手を、滑らかにスライドさせると、同時に、ボトムスをブーツの上まで一息に引き下ろす。
「…っふ……」
急に空気に晒されたアレルヤの下腹部が大きく波打った後、獣じみた炎を宿した好奇な視線を避けようと、羞恥に火照る身をくねらせたが、それも俺の熱を煽る仕草にしかならない。
俺は自身の右の指を2本、口に含んで湿らせると再びアレルヤの背面へ回し、
「…ひぁ…っ……ァあ…」
双丘の狭間に窄まった後腔の縁を、1度、くるり、と円を描くように撫でそのまま付き立てる。
苦しげに息を吐き出しながら生理的な涙を浮かべた表情とは別に、アレルヤの燃えるように熱い粘膜は、白く長い指を、渇望するようにぐいぐい飲み込んでいく。
「ン……いた…あァ…ッ…いぃ…」
「でも、どんどん入っていく。」
「…っあ……んぁあ…ッ…」
内壁を抉るように四方に指を蠢かせると、彼の腰がリズムを合わせて自然と揺らめいた。
とりわけ大きく、びく、と反応するポイントを見つけ、抉るように指先を曲げる。
嬌声と荒い吐息は止め処なく流れ、触れてもいないアレルヤの前もゆるゆると首を擡げて、透き通った甘い雨垂れを零した。
「んあ…っあ…アぁ…はっ…」
耳を擽る蕩けた声に、俺も下腹部に窮屈さを感じて、アレルヤの裡から指を引き抜き、ボトムスの呪縛から解いてやる。
くらり、とするような痺れは確かに自身の感情であるにもかかわらず、爆発を待ち膨れ上がった熱源は見たこともない他人のそれで。
ただ、多少の違和感は感じるものの、怒張した熱はアレルヤの蕾を求めてビクビク震え、耐え切れず彼の片足を持ち上げ肩にかけると、俺は荒々しく楔を打ちつけた。
「―――…ッ」
奥への侵入を阻むように締め付ける襞の動きを、じっくりと味わいながら擦り上げると、その大きな質量に喉を仰け反らせたアレルヤの、濡れた深緑の髪がふるふると揺れて、光の宝石を散らした。
一旦最奥まで沈めた熱を、角度を変えながら抜いては、また突く。
激しくぶつかる肌と、淫猥な液体の混ざり合う音が鼓膜を侵し、律動のスピードが徐々に上がる。俺の首に手を回してしがみつくように身体を密着させたアレルヤは、比例するように高まる嬌声をひっきりなしに漏らした。
「ッや…何かっ…きょ、う…違…ッ…いぁあッ…はぁ…っ」
甘い眩暈に支配され訳も分からず、ただ、腰をうねらせ快楽を貪る。
自身の限界を間際に、先程指で探り当てたポイントを強く刺激し、アレルヤの高揚感をも促してやった。
「ロッ…ク…、オン……んッ…も…もう……ッんああぁァ
――」
悲鳴にも似た一際高い声が迸ったと同時に、俺の頭の中が、バチン、と白く弾け、下腹部が痙攣するようにどくどくと熱を放った。
力の抜けた四肢を投げ出して、泣きつかれて眠る子どものようにぐったりと横になり、はあ
はあ、と熱い息の塊を吐き出すアレルヤの上に、どさ、と被さる。
アレルヤは俺の身体の下で弱々しく体勢を変えると、子どもの頭を撫でるように、俺の額に汗を含んでへばりついた淡い色の前髪をかき上げて、微かに微笑んだ。
「…はぁ…は……ふふ、…あんまり無茶するから……」
「刹那ぁァァ
―――
!」
突如、耳を劈くような怒号。
派手に軋んだ扉の音。
吃驚に慌てて身体を起こすアレルヤと、ゆったり壁にもたれながら横目で投げた俺の視線の先には、黒髪の健康的な肌の色をした少年が、肩で呼吸しながら髪をふわりと逆立てて立っていた。
「刹那……!?」
シーツを身体に纏い瞳を大きく開いたアレルヤの呟きも耳に入らないように、つかつかと歩み寄って来た少年に、俺は冷めた視線を投げた。
冷静に見ると何てシュールレアリスムな光景だ。
目の前にいるのは、まさに俺自身の抜け殻に、中身は、想像に難くない
――
もちろん、ロックオン・ストラトスだろう。
「おい、これどうなってんだよ!」
「知らない。」
「……しかも、…アレルヤと……何…」
柄にもなく混乱しているらしいロックオンに、相手が焦れば焦る程、なぜか冷静になっていく己の頭。
俺は、ゆっくりと右の唇の端を持ち上げると、ふん、と鼻で嗤った。
「…お前……!」
ロックオンが俺の胸倉を掴んで、ベッドから引き摺り下ろし詰め寄った。
「刹那、やめ…っ……ぁあッ!」
何も知らず、喧嘩の仲裁をしようとしたのか、俺の後を追って立ち上がったアレルヤが、直後、小さく悲鳴を上げた。
シーツに爪先を取られ、両手を前に突き出したまま、俺の方へ倒れてくるアレルヤの姿が、いやにスローモーションで目の端に映った。
「アレルヤ…!」
俺とロックオンの声が奇妙なハーモニーを奏で、俺は、アレルヤの掌に強く押された。
いつかと同じように、緞帳が下ろされたように俺の視界は暗転した。
全身に響くような強い衝撃と共に。
*
*
会いたい
会いたい
ミッションを終えて着艦した後、戦闘の余韻にぼんやりしていると頭を占める衝動。
会いたい
何週間も、何ヶ月も、離れていた訳でもないのに。
殆ど毎日、顔を合わせているというのに。
四六時中でも一緒にいたい。
ア
レ ル
ヤ
唇をゆるゆると動かして、彼に付けられたラベルを頭の中でなぞってみる。
神に見棄てられた彼には、皮肉で厭味で――、だからこそ憧憬を抱く、美しい響き。
俺の女神の中で、その名を吐き出す度、俺の心は足元の覚束ない吊り橋の上に立たされたようにぐらぐらと揺れて、ある種陶酔感に陥る。
心地よい陶酔感に支配された俺の喉をついて、何度も何度も、止め処なく流れ出す言葉。
「アレルヤ、アレルヤ、アレ……」
会いたい
理性や思考から離れた遠い別の場所に存在しているような、その衝動に、突き動かされるまま俺の背中は女神の背もたれから離れて、すく、と立ち上がると、扉を開け放ち駆け出した。
自室で瞑想でもしているだろうと目測を立て、夢中で彼の笑顔を目指した。
「あの、向こう……」
呟いてスピードを上げると、遠心力をかけて廊下の角を勢いよく曲がる。
――
と、
「あ…っぶな…かった……」
「…あ……」
部屋から出てきたらしいアレルヤが寸での所で身をかわしたお陰で、デジャヴを感じる境遇での衝突事故は免れた。
彼は、眉尻を下げて、困ったように微笑みながら、
「廊下を走るときは気をつけないと。また入れ替わっちゃうよ。」
やんわりと諌めた。
俺は濃い褐色の瞳で、じ、とアレルヤの顔を見上げ、
「会いたかった。」
唇の端を持ち上げてみせた。
俺の唐突な言葉に一瞬ぽかんとした彼の虹彩が、ゆら、と揺れて、だが、顔色を変えることもなく、それはすぐに普段どおりの穏やかな表情に戻る。
ああ、やっぱり。俺には、あの顔を見ることはできないのか。
「もっと。俺のことも…――
俺の瞳の色も、見ろ。」
アレルヤは言葉に従い素直に顔を近づけて、「刹那、おもしろいね」と首を傾げながら笑った。
星のくれた贈り物か、戯れか。
俺が知り得ないアレルヤの顔を、声を、暴いた白昼夢。
まだ手に入らない、秘密の一片を奪った白昼夢のような
――、それは紛れも無い現実。
〔fin 〕