会いたい
会いたい
ミッションを終えて着艦した後、戦闘の余韻にぼんやりしていると頭を占める衝動。
会いたい
何週間も、何ヶ月も、離れていた訳でもないのに。
殆ど毎日、顔を合わせているというのに。
理由は至極簡単なことらしい。
好きだ。
だから、会いたい。
四六時中でも一緒にいたい。
俺にしては、まともに導けた答えだ。
人はこの感情を恋と呼ぶらしい。
想う相手はと言えば、筋肉を纏った均整のとれた体躯で背も高く、俗に言う、華奢で守ってやりたくなるようなかわいいタイプとは多少趣向が異なる。
それなのに
――…、恋は盲目とはよく言ったものだ。
俺は、自身より背の高い彼の名前をそっと呼んで、抱きしめたいとさえ感じる。
彼のミルクココアより甘い微笑みは、周りさえ巻き込んで和やかにする力を持っていると、少なくとも俺は思う。
ア
レ ル
ヤ
唇をゆるゆると動かして、彼に付けられたラベルを頭の中でなぞってみる。
神に見棄てられた彼には、皮肉で厭味で――、だからこそ憧憬を抱く、美しい響き。
俺の女神の中で、その名を吐き出す度、俺の心は足元の覚束ない吊り橋の上に立たされたようにぐらぐらと揺れて、ある種陶酔感に陥る。
心地よい陶酔感に支配された俺の喉をついて、何度も何度も、止め処なく流れ出す言葉。
「アレルヤ、アレルヤ、アレ……」
会いたい
理性や思考から離れた遠い別の場所に存在しているような、その衝動に、突き動かされるまま俺の背中は女神の背もたれから離れて、すく、と立ち上がると、扉を開け放ち駆け出した。
【
曲がり角から白昼夢
】
頭が痛い。
「(あれ……?)」
いつの間に眠っていたのか。
俺は、接続されたばかりの視神経を集中させ、瞳をパチパチと動かすと、ぼんやりした思考を覚醒させるようにふるふると振った。
天井の白が視界いっぱいに広がり、その中心には明るいキャラメルブラウンの柔らかそうな髪が1束流れている。
「え」
口の端から吃驚の音が零れ落ちて、シーツの波間に消えた。
どう見ても自らの額を伝って揺れているキャラメルブラウンの前髪。
あり得ない。
だって、俺は…――
「目が覚めたんですね…!よかった。」
ふいに隣で発せられた声の方へ視線を向けると、思慕の念を募らせていた、その彼の顔が、唇が触れてしまいそうな距離に近づいた。俺が身体を預けているベッドの横に置かれた簡素な椅子から腰を浮かせ、安堵の笑みを浮かべて。
「アレルヤ」
「心配したんですよ。」
「ここは……」
「ロックオン、貴方の部屋です。」
ほんのり赤く染まった目尻を細めて、ふふ、と笑う彼に、俺は半開きの口のまま瞠目する。
ロックオン…と、彼は確かに今、俺に向かってそう呼びかけた。
違う。
俺は、ロックオンじゃない。
そんな俺の様子に、アレルヤは不思議そうな表情を浮かべて首を傾げてみせた。
「僕の顔に何か付いてますか?」
いや。
まさか。
嘘だ。
疑念の言葉ばかり、ぐるぐると脳裏を巡る。
「いや……」
俺はゆったりと掌に視線を落とすと、グー、パー、グー、パーと、握ったり開いたりを幾度か繰り返し、その感覚を確めた。
付いてるのは、俺に。スラリと長く上等の
――、自分のものではない手足が。
アレルヤから「飲みますか」と、手渡されたミネラルウォーターのボトルに視線を落とすと、、光を反射する透明のプラスティックから、紛うことなく、見覚えのあるデュナメスのパイロットがこちらを見ていた。
「2人とも気を失うくらい頭をぶつけるなんて。まったく、何してたんですか。刹那は打ち所が悪かったらしく、まだ手当てを……。」
刹那…――
刹那・F・セイエイは
――、俺だ。
思い出した。
アレルヤに会いたくて会いたくて、エクシアを飛び出した。
自室で瞑想でもしているだろうと目測を立て、夢中で彼の笑顔を目指した。
「あの、向こう……」
呟いてスピードを上げると、遠心力をかけて廊下の角を勢いよく曲がる。
――
と、
「うお…っ!」
「…あ……」
突如現れて素っ頓狂な声を漏らした、黒く大きな影に遮られ、緞帳が下ろされたように俺の視界は暗転した。
全身に響くような強い衝撃と共に。
あの時、一瞬目に映ったのは、いつも俺を子ども扱いする、小癪なロックオン・ストラトス。
そのロックオンの身体に俺が入ってるってことは、つまり
――、
「………入れ替わった、のか……?」
数百年前の、安いドラマでもあるまいし。
俺は突きつけられた事実に、混乱よりも、動揺よりも、ただ嗤いが込み上げてくる。
ただ、彼の笑顔が見たいと思って、女神の裡から飛び出しただけなのに。
もう、そこだと、弾みをつけて廊下の角を曲がっただけなのに。
なぜ俺はこんな所にいるんだろう。
会いたかった、だけなのに。
そう。
会いたくて
会いたくて。
そうか。
でも、会えた。
く、と喉の奥を鳴らして、不思議そうに首を傾げるアレルヤの方へ視線を向けると、
「会いたかった。」
唇の端を持ち上げてみせた。
俺の唐突な言葉に一瞬ぽかんとした彼の虹彩が、ゆら、と揺れて、さっと頬に色が射す。
「…ロックオン……」
眉尻を下げて、少し恥ずかしそうに睫毛を揺らす微笑みは、いつも俺に向けられるそれよりも、少し穏やかで、俺は、「ああ、アイツにはこんな顔を見せるのか」と思った。
アレルヤは、アイツのことをどう感じる。
アイツが抱きしめたらどんな顔をする。
アイツがもっと奥深くまで触れたらどんな声を漏らす。
嫉妬に勝ったのは、好奇心。
おもしろい、かも、しれない。
少しこの姿で遊んでみるのも。
いつもの俺ならば、アレルヤが跪くか俺が爪先に重心を移して踵を上げなければ、例えば彼にくちづけることすら叶わないだろう。
鏡の前で何度辟易したか知れない、そんな未完成の自分の身体ではなく、この殆ど出来上がった大人の身体なら、彼を悦ばせることも容易い気がした。
その上、今アレルヤに触れても、全てアイツの所為にしてしまえる。
つくづく悪知恵のはたらく脳だ。
否、これも星のくれた贈り物か、戯れか。戻れる術も思いつかないのならば、素直に享受しておくのが得策ではないかと、俺は自身の情欲に言い訳めいた問いを投げかけた。
俺の内側が弾き出した答えは
――
「…ロックオ……ん…ッ」
ベッドから身を乗り出してアレルヤの腕を掴み、彼の吐息を奪い唇を塞いだ。
初めて触れた柔らかく生温い感触を貪りながら、ぴく、と小さく震えた肩を自身の胸の中に引き寄せ思い切り抱きすくめる。
普段より一回り小さく見える彼のラインを掌でそっと確かめると、皮膚に貼り付いたような薄いアンダーを通したその肌は、想像よりも少し、細くて柔らかかった。
そのまま、するり、と腰へ回した手で背中を撫で上げると、「…ぁ」と微かな風が俺の
―― この身体の ――
色素の薄い髪をふわふわ舞い上げ、指先から火のついた悪戯心が喉元までせり上がり、唇が緩んだ。
もう、止めない。
俺が知り得ないアレルヤの顔を、声を、全て暴くチャンス。
俺が知り得ないアレルヤの顔を、声を、全て暴くまで止めない。
「アレルヤ、もっとキスしていい?」
*
*
「軽い脳挫傷ですね。骨には異常なし。」
白衣を纏ったクルーがカルテとX線フィルムを見比べて他のクルーに伝えた。
その横で、簡易ベッドに身体を横たえた少年の漆黒の睫毛が、ふる、と揺れて、褐色の瞳が薄く開いた。
「……う…ん…?」
「ああ、目が覚めましたか。刹那・F・セイエイ。」
「あ?俺はロックオンだぜ。ロックオン・ストラトス。」
白衣のクルーはカルテにクリップで止められたスナップ写真を一瞥すると、「何を言っているのですか」と、怪訝そうに眉根を寄せた。
〔to be continue... 〕