ご丁寧にカトラリーを使って。
貪るように食い散らした後。
男は「お前はまるで卵だ」と言って、笑った。
そして、その爛れた曝け合いすら。
――
スクランブルエッグに例えた。
【 SCRAMBLED EGGS
】
「賭けをしようぜ。」
男は唐突に口を開いた。
「あ?賭け…?」
床に座り壁に背を預けたまま、俺は、横へじろりと視線を投げる。
ああ、と男は片目を瞑って笑った。
男の名は、ロックオン・ストラトス
――、こいつの名前など興味が無かったが、アレルヤが煩ェくらい何度も呼びやがるから、頭に染みついちまった。
名前など、後付けのラベルにすぎねェだろうに。
「ここにコインが1枚ある。」
ロックオンが掌に小さなコインを乗せてみせた。
黒いなめし革の上で、鈍く光るそれに彫られた歴史上の為政者が、険しい顔で遠くを見ている。
見つめる先にあるのは、もはや忘れ去られた栄光か。
すらりと伸びた指で、その肖像を弄びながら、ロックオンは続けた。
「これを投げて裏か表か当てるんだ。」
「つまらない遊びだな。暇潰しにもならねェ。」
子供騙しだ。俺は、ふん、と鼻を鳴らしてやった。
「じゃあ、外した方は当てた方の言う事を1つ聞く。どうだ?」
ロックオンはそう提案して、口の右端を持ち上げた。
言う事を聞く、だと?
…――
どうせ、アレルヤを泣かせるな、とか下らねェ事を吐くんだろうが。
まぁいい。
今日の俺は、久しぶりにアレルヤの身体を自由にできて、悪くねェテンションなんだ。
お前の戯言にでも、付き合ってやるよ。
「へぇ……言う事を、ね。いいぜ。…投げてみろよ。」
グローブに包まれた手元を、顎でしゃくると、ロックオンは「そうこねぇとな」と微笑んだ。
握った拳の上に置かれたくすんだ金色が、親指に跳ね上げられ、空中でくるくると回転する。
胸の辺りまで落ちてきたコインを、ロックオンは、パシッ、と音を立て右手で掴んだ。
そのまま左の甲に乗せ、掌で蓋をすると、俺の方へ挑むような視線を向ける。
その挑戦に、
「裏。」
ニヤリ、と嗤って返した。
「じゃあ、俺は表な。絵の彫ってある方。」
ロックオンがそう答えると同時に、右手の蓋が開かれる。
あの肖像が、姿を見せた。
――
お前は、もう過去の英雄だろ。墓の中でくたばってろよ。
「俺の勝ち。」
くく、と喉の奥で笑い声を漏らしたロックオンに、俺は盛大な舌打ちを浴びせた。
*
*
「目、閉じろよ。」
しっとり冷たい革が、頬に触れる。
「……何のつもりだ。」
忌々しい実験だかなんだかで、他人から無遠慮に弄くられることなんざ慣れちまってる身体だから、誰かさんみたいに「俺に触れるな」なんて、潔癖じみた事は言わないけどな。
ロックオンの「目を閉じろ」という言葉の意図が掴めず、俺は眉を顰めて怪訝な表情を浮かべた。
「お前は、賭けに負けたんだろ。」
吐息混じりに発せられた囁きが、俺の耳朶を震わせた。
細められたエメラルドが冷たく煌めいて、顎を掬い唇を啄ばまれる。
……ああ、賭けの賞品がこの身体ってことか。
ハッ…それなら俺も愉しめるかもしれねェし、下らねェ命令をされるよりはマシだけどよ。
奥で眠ってる、アレルヤに代わってやった方が、お前は具合がいいんじゃねェのか。
可愛いくて従順なアレルヤ様なら、きっと喜んでご奉仕してくれるぜ。
「途中でアレルヤには代わるなよ。」
俺の思考を見透かすように、ロックオンは、そう吐き出した。
「俺でいいのかよ。」
「身体は同じだ。」
「それ、アレルヤが聞いたら泣くぜ。」
この身体を喰えりゃ、中身が誰でもいいって事か。
それとも、アレルヤ相手だと情が湧いて、衝動で傷つけることができねェから、俺のままで犯るのか。どちらにしても――。
何だ。お前、俺が思ってたより、酷い男だな。
嫌いじゃないぜ。甘っちょろいだけのヤツより、ずっと現実的だ。
ムカつくヤツには、媚を売ったり仮面被ったりする手間も要らねェし。
「愉しませろよ。」
ニ、と口を歪め、モスグリーンの胸倉を掴み引き寄せると、1度離れた唇を噛み付くように重ねた。舌でロックオンの唇を割り侵入を試みると、反対に強い力で絡み取られる。
「……っ…」
後ろ髪を掴まれた所為で、顔を離して息を継ぐ事すら赦されないまま、水音を漏らしながら歯列をなぞられ、くらくらするような心地よい眩暈が身体を襲った。
「…くッ…そ……」
躍起になって攻め返すと、ロックオンは、子どもか小動物でも撫でるように、ぐしゃぐしゃと俺の髪を混ぜ、頭を引き剥がし、
「そうムキになりなさんなって。」
と、肩を震わせて笑った。
「こ、のやろ…」
俺が振り上げた手は、風を切り、真っ黒なグローブに握り込まれる。
「まあ、噛み付いてくるのも、いいけどな。」
余裕綽々の笑顔を見せるロックオンに、そのまま、ぐ、と体重をかけられ、バランスを崩した俺は床に背を叩きつけた。
「たまには、与えられるモノを、素直に受け取ったらどうだ?」
嬉々とした表情で揶揄してくる。
…生憎、俺は主導権を握られると反抗したくなる性質でなァ。
俺は心の中で呟き、ふん、と鼻を鳴らして顔を背けた。
降参したように瞼を閉じると、覆い被さるようにロックオンの顔が近づき、吐息が睫毛を揺らした。
熱を孕んだくちづけが、耳から首筋へと落とされる。
ふわふわした羽根が肌に触れるような、その軽いくちづけに、くすぐったさともどかしさを持て余して、俺は身を捩った。
「…ふ…そんなんじゃ足りねェな…、手も…使えよ。」
自らの手で、身体にぴったりと密着したインナーを捲り上げると、黒い革のグローブを掴み、露わになった肉体に導いてやる。
形のいい薄い唇を歪めて満足そうに笑ったロックオンは、俺の下腹部から胸まで撫ぜ上げた。
刺激に反応して、びく、と腹筋が波打った。
「…ァ…っ…」
そのまま横に滑った指で赤く色づいた粒を、きゅ、と摘まれ、半開きになった俺の口から思わず零れた嬌声が、湿り気を帯びた空気を揺らした。
「いい声出るじゃねぇか。」
「…るせェ…お前を煽ってやってんだよ…ッ…」
本当は自分でも、気色悪い声を出しちまった、と後悔したんだが…――"煽ってる"と言葉にした途端、ああ、それなら、メス猫みてェに思う存分喘いでやるのも一つの手か、と、羞恥心に似た嫌悪感も、己の中で昇華させてやった。
ふうん、と気のない相づちを打ちながら、エメラルドの奥が楽しげにきらきら光る。
ロックオンは、器用に口を使って己指を包んでいたグローブを剥ぎ取ると、背に回した片手で俺の腰を抱え、空いた手は左胸の上でタップを踊らせる。
くにくにと弄ばれ、時折、ち、と爪を立てられる度、そこから電流が走るように、甘い痺れが背中を這いずり回った。
「…そうか。期待してるぜ。」
鼓膜に掠れた笑い声が響き、栗色の柔らかな髪が頬を擽りながら鎖骨へ移動した、と、ふいに、右の突起がざらりと生温かい粘膜に覆われれる。
同時に、ボトムスが下着ごとずるりと引き下げられ、足枷のようにブーツに絡まった。
外気に触れ、きゅ、と震えた俺の熱が、すぐに温かい掌に包まれ、再び首を擡げはじめる。
「…っあはぁァ…んァ…」
少し筋ばった長い指でゆるゆると摩擦を与えられ、俺はロックオンの背中に力の入らない腕を回し身体を寄せると、肩口に爪を食い込ませた。
「痛っ……ははッ…ハレルヤ、かわいい所あるじゃねぇか。」
「…む…だ、口…たたいて、んじゃ…・・・ねェ…ッぁア」
腰に回されていた手が臀部を撫でながら滑り降り、窄まった口を焦らすように2、3度触れた後、数本の指が突き立てられ、俺の裡を混ぜた。
前と後ろを同時に攻め立てられ、絶えず込み上げる恍惚感をやり過ごそうと、俺は喉を反らして短い息を何度も吐き出した。
「…くぁ…ん…ッは…はァ……ぁ」
くちゅ、と響く淫靡な水音が、悦びに震える己の身体を、俺の朦朧とした意識にまざまざと突き付けてくる。
「あーあ。もうこんなに濡らしちまって。」
指をくるくる回して、止め処なく流れる先走りを熱に絡めると、
「ハロ!」
ロックオンは、突然声を上げた。
その声に、それまで部屋の隅に置かれた充電器で、まどろんでいたオレンジ色の球体が目をチカチカと赤く光らせた。
「ロックン、ヨンダ!ヨンダ!」
電源を自動でオンに切り替え、近くまで跳ねて来た相棒に、ロックオンは妖しく艶めいた視線を流し、唇の端を持ち上げて尋ねた。
「ハレルヤのココが水漏れしてんだが、どうしたらいいと思う?」
「オウキュウショチ!ハレルヤ、オウキュウショチ!」
応急処置、だと?
俺が怪訝な表情を浮かべ、細く開けた瞼の隙間から様子を伺うと、ハロと呼ばれた球体は、電子音で「応急処置」と繰り返しながら、翼のような蓋を開け、中からアームを伸ばした。
「…ッひぁァ……っ」
無機質な冷やりとした手で、俺の根元をギュゥと締め付け、流れ落ちる先走りを塞き止める。
「や…っ…やめ…この、クソへんた…ッい…ンアァぁッ…」
行き場を失った熱が、下腹部に重石のような、ずしり、と重く気怠るい快楽の塊を生み出し、爆発寸前のマグマのように沸々と揺れながら、出口を渇望した。
ロックオンは、今まで後ろを弄んでいた指を引き抜き、俺の耳に唇を寄せると「うつ伏せになって」と囁いた。膝下に縺れたボトムスに足をとられながら、緩慢な動きで、四つん這いになると、腰を高く持ち上げられ、指とは比べ物にならない程の熱量が体内に侵入してくる。
「ひァ…あッ…くふゥ…っあァ…」
「…ッは…キツいぜ……」
ロックオンは、切なげに眉を寄せ、ふ、と短く息を吐くと、深く腰を打ちつけた。
ぞわぞわと押し寄せる喜悦の波に身を任せながら、遠のく意識を保とうと首を振ると、汗が真珠のように煌めきながら散った。
締めつけられている所為で、神経が剥き出しになった前が、どくどく、と脈打ち、甘い痛みが限界の近さを訴える。
「…く…ッそ……はあァ…」
楽しげにリズムを刻みながら、息の合間にロックオンが口を開いた。
「イきたくなったら、名前を呼べよ。」
「…な…まえ…?」
「俺の名前。お前、まだ呼んだ事ないだろ。」
後ろから回された大きく温かい掌が俺の顎をそっと包み、滑らかな親指で下唇を、す、と撫でる。
「それが、賭けに負けたお前への要求だ。」
――
はっ…やっぱりムカつく野郎だぜ。
俺は、唇に触れる親指を軽く噛んでささやかな抵抗を図ると、
「……くッ……イかせ…ろ、………ロック、オ…ン…っ」
飲み込みきれず光の糸を紡いだ唾液と共に、頭に染み付いたラベルを、切れ切れに吐き出した。
「は…意外に素直だな。いい子だ。ハロ、お疲れさん。」
「ハレルヤ、イイコ!イイコ!」
熱源を締めていた小さなAIの手が離れ、びくびくと身体が痙攣した。
「…ぃア…あぁァァッ……っ!」
脳裏に極彩色の光が溢れ、意識が、パチン、と弾けた。
*
*
「お前とアレルヤって卵みたいだよなぁ。」
行為の余韻で怠い全身を床に投げ出し、ぼんやり天井を見つめていると、隣に寝転がったロックオンが、ぽつり、と言った。
「卵?…ひよっこにもなってねェってか?なめられたもんだな…カカッ」
俺が喉を鳴らすと、「そうじゃない」と微笑んで、ロックオンは続けた。
「一見つるっとして純白で何も無いフリして。その脆い殻の中は、平気なのか腐ってるのか、割ってみるまで教えてくれねぇ。」
「あん?詩人気取りかよ。」
俺は、横で腕枕をして足を組んでいる男の横顔を、ちら、と一瞥すると、嘲笑を浴びせてやる。
「だから、たまに、その殻を無茶苦茶に割ってやりたくなるんだよ。」
(どろりと流れ出る中身を、ぐちゃぐちゃに掻き回して、熱を加えて。形の変化を見たくなる。)
「で、スクランブルエッグを作ってみた訳だ。」
「はぁ?意味分かんねェな、お前。」
俺が、じ、と睨めつけると、ロックオンは、悪戯めいた表情を浮かべた。
「知ってるか?スクランブルエッグってのは、卵にミルクを混ぜて、ぐちゃぐちゃにしながら熱を加えて作るんだぜ。」
ミルク…――を、混ぜてぐちゃぐちゃに、だと?
「熱を加えると、意外に素直な一面が見れるって分かっちまったしなぁ。」
そう言いながら高い声で笑うロックオンに、俺は、カッと目を見開くと、上半身を起こして、モスグリーンのシャツから伸びる二の腕に、パンチを喰らわせた。
「これ以上、下らねェことほざいてっと、ぶっ殺すぞてめェ!」
「はは。ハレルヤ、耳赤くなってるぞ。」
〔 fin 〕