dingdong in the heavens

ding dong
ding dong

ほら、鐘が鳴っているよ。
雲の上まで響きそうな、鐘の音が。

真っ白な花びらが舞う。
ひらり、ひらり、雪のように。

さあ、鐘が鳴り止む前に。
青空の下、あなたと永遠を誓おう。

ding dong
ding dong


【 dingdong in the heavens 】


「いい香りだな。」
「そうだろう?うちの自慢のオレンジ、900リラだよ。」
「2つ貰うぜ。」
ロックオンはボトムスのポケットをごそごそ探り、幾つかのコインを掴むと、小さな木の椅子に腰掛けた、陽気な女性に手渡した。
「お兄さん、いい男だから1個オマケしとくよ。」
店主らしきその女性は、大きな身体を揺らしながら豪快に笑って、クラフトの紙袋にネーブルオレンジを3つ詰めてくれる。
「ありがとさん。」
社交辞令にウインクで返しながら、ロックオンは紙袋を受け取った。

「待たせたな。」
「いえ。」
鼻歌混じりに戻って来たロックオンに、白壁にもたれて荷物の番をしていた僕は、にこりと微笑み返す。シトラス特有の甘く爽やかな香りが、ふわりと風に乗って漂った。

ここは、地中海に面した小さな国のメルカート。
まばゆい太陽を燦々と受けて育った、色とりどりの野菜や果物達が、籠の中で身を寄せ合い、お客たちに誇らしげな顔を向けている。まるで、芸術品の展覧会のようだ。
そのアートをかき分けるように、大勢の人々が行き交い、通りは笑顔と活気に満ち溢れている。

(まるで、平和そのものだ。)
戦火に怯えることもなく、幸せそうにリンゴを齧る少年や、夕食のメニューを考えながら野菜を品定めしている老夫婦に、僕は、ふ、と目を細めた。

「この風景を守れるといいな。」
と、僕の視線を追ったロックオンが、隣でぽつりと呟いた。

恒久和平の実現 ―― そんな大それたこと、僕達にできるのだろか。
そんなこと、分からないけど。
それでも、たくさんの笑顔が、いつまでも消えてしまわないようにと、願いたい。

「ええ。」
湿っぽい空気を払拭するように、僕は努めて明るいトーンで答えると、スメラギさんに頼まれた、ワインのボトルやチーズ、サラミのぎっしり入った包みを胸に抱え、
「買うものはこれで終わりですか?」
問いかけた。
ロックオンは、僕と彼が地上に降りる際に、プトレマイオスのクルー達がこぞってリクエストを綴った小さなメモに、ざっと目を通して、「そうだな」と頷く。
「海でも見ながら戻るか。」
「いいですね。」
ロックオンの提案に僕の声は弾んだ。

メルカートで買物をして。両手にいっぱいの紙袋を抱えて。肩を並べて石畳を歩く。
そんな、"日常"が、何よりも愛しい。
これからまた、戦場へ戻っても、こうして重ねた"日常"は、僕の心の中で咲き続けるから。

メルカートを背にし、赤い帽子をかぶって整列したおもちゃのような家々の間を抜けると、途端、視界が開け、一面の青が目に飛び込んできた。
どこまでも突き抜ける澄み渡った空に、点々と浮かぶ白い雲。地平線の向こうまで続く海。
「気持ちいいなぁ。」
ロックオンは流れる風を、輝く太陽の光を、胸いっぱいに吸い込んで笑った。

と、どこからか、潮風に乗って、カリヨンのメロディが耳に届いた。

ding dong
ding dong

「鐘の音…?」
僕が辺りをきょろきょろと見回すと、ロックオンが「あそこだ」と、海に突き出した丘を指さした。
優しい薄緑に覆われた海岸沿いの岩肌を、白や黄色の花々が彩っている。
少し小高くなったその丘の上には、小さな白亜のチャペル。
十字架を模した装飾が乗った、チャペルの屋根の下に、煌めきながら揺れる鐘が見えた。

「わ…」
僕の視線は、こじんまりとしたチャペルに釘付けになる。
「結婚、式…ですか…?」
チャペルの入り口に人だかりができていて、その真ん中には、幾重にも重なる純白のレースに包まれた、華奢な女の人。
最上の幸福を享受しながら頬を朱に染め、恥らうように少しうつむいて。
チュールレースがたっぷりあしらわれたトレーンを支えた、天使のような2人の少女を従え、新郎に手を引かれながら、歓喜のアーチの中、ゆっくりと歩を進めている。
フラワーシャワーが風に舞い上がって、青空に溶けていった。

「すごく綺麗だ。」
僕は、初めて目にしたその光景に、嘆息を漏らした。
「そうだな。」
「あ、ロックオンはウエディングドレス、似合いそうですね。」
ふふ、と笑いながら発した僕の言葉に、ロックオンは吹き出した。
「な…ッ…俺が花嫁なんて、あのティエリアも笑うぜ。」
「それは、少し、見てみたいかも…。」
「絶対着ないぞ。」
「僕も嫌です。」

そうだね。
僕達には、きっと、縁のないもの…――
純白のウエディングドレスも、フラワーシャワーも、天使の賛美歌も。

そして、神様が祝福して鳴らす、鐘の音も。

あなたと一緒に歩き出したときから ――
いや、マイスターとして銃を手にしたそのときから、望むことさえやめてしまったけれど。

「その健やかなるときも、病めるときも、喜びのときも、悲しみのときも…――」
ウエディングドレスを着た大の男を想像しながら、僕の隣で肩を揺らしていたロックオンが、ふいに、笑うのを止めた。
笑い声の代わりに、その耳に心地よい声が、歌うように誓いの詩を紡ぎ始める。
「アレルヤ、これ、マネしてみろよ。」
ロックオンは両手に抱えていた包みを片手に持ち替え、空いた手の親指と人差し指の先をくっつけ、輪を描いた。
「え…、こう、ですか。」
首を傾げながら、同様の形を作る。OK、の形だ。
「これを敬い、これを慰め、これを助け…――」

―― 永遠の、無限の愛を、誓います ――

「誓いのkiss」
ロックオンが口の端を、に、と持ち上げて、指で作った輪を、僕のそれに、ちょん、と触れさせた。

指と指が、くちづけを交わして。
描く、無限のマーク ―― ∞ ――

「………何、恥ずかしいこと、してるんですか。」
「…俺は、ロマンティストなんだよ…。」
ロックオンは、僕の怪訝な視線を受けて、自身の行動に今さら照れたのか、掌で口元を押さえながら「あー…」と呻き、視線を逸らしてそっぽを向いた。
僕は、堪えきれず、声をたてて笑った。
「まったく、あなたには、かなわないなぁ。」

純白のウエディングドレスも、フラワーシャワーも、天使の賛美歌も。

そして、神様が祝福して鳴らす、鐘の音も。

そんなものなくても、あなたがいる。
肩を並べて、笑い合って。
こうして、束の間の、"日常"を重ねることだってできる。
それで、十分なのだと。

ding dong
ding dong

ほら、鐘が鳴っているよ。
雲の上まで響きそうな、鐘の音が。

真っ白な花びらが舞う。
ひらり、ひらり、雪のように。

祝福の鐘が鳴り止む前に、そっと。
青空の下、あなたと永遠を誓った。

ding dong
ding dong


〔fin 〕

Copyright (c) 2009 mR. All Rights Reserved.