嘘吐きの「大嫌い」

ハレルヤのことなんて、大嫌い。

でも、知ってた?
僕は稀代の嘘吐きで、とても勝手なんだ。


【 嘘吐きの「大嫌い」 】


瞼が悲鳴をあげそうな程、ぎゅう、と思い切り瞑れば、もう1度開いた瞳に映る世界の中には、彼という名の狂気は存在しないことなど分かっていた。

――…だって、その姿は僕の、そう、僕のエゴが創り出した幻影でしょう?

それでも僕は、瞳を閉じることもなく、ただ、目の前に立つ彼を見つめた。
彼に抱く恐怖と安堵が綯い交ぜになった焦燥感すら、今日は心地よく思え、ただ、見つめた。
「ッハ。そんなに見つめんなよ。」
彼 ―― ハレルヤは唇の端を歪めて嗤うと、ぎし、と音を立てる安いスプリングを撓ませて、僕がもう小1時間膝を抱えて座り込んでいる、簡素なベッドの端に腰を預けた。
そのまま、すい、と僕の方へ顔を寄せると、
「そうやって見てたって、お前の大嫌いな俺は、消えたりしねェぜ?」
彼はそう耳元で囁いて、悦ぶ猫のように喉を鳴らす。

そうだね、ハレルヤなんて大嫌いだよ。
いつも僕の反対のことばかりして。
僕にはできないようなことばかりして。
僕を否定して。
馬鹿にするでもなく、全てを、否定 ―― して、くれて。

だから、今日は酷く…――、
「……今日は、酷く、君に居てほしい気分なんだ…。」
か細いデクレッシェンドで呟いてみせると、ハレルヤは揶揄し甲斐のない僕に大仰な溜め息を吐いて身体を離し、壁にもたれながら「お前勝手だよな」と苦々しく笑んだ。
「大方、あの、新顔のいけすかねェ野郎に言われたことでも、気にしてんだろ。」
ミハエルとか言ったか、と、あの男の名前が鼓膜に届くだけで、肩が、びく、と小さく跳ねてしまう。
周りまで燃やしてしまうような深紅の奥に、憐れみにも似た好奇の色をゆらゆらと揺らめかせた初対面の青年に、鼻歌混じりにさも愉しげに心を抉られて。
正直なところ、自身について蔑まれることに対して、感情を昂らせてまで守りたい体裁なんて僕にもあったのかと、あの時声を荒げた自分に少しだけ驚きすらしたのだけど。
麻痺したようにぼんやりした頭の中、思考を巡らせる僕の隣りで、ハレルヤは、つまらなそうに天井を見上げながら、鼻から空気の塊を流して横目でこちらを一瞥した。
「アイツに慰めてもらったらどうだ。茶髪の。」
顎をしゃくって寄越す。
僕はゆるゆると首を振って俯き、視線をシーツの狭間に落とした。
「だめだよ。ロックオンは確かに面倒見がいいけど、きっと…迷惑、になる……。」
「ヤツはそれを望んでるんじゃねェの。」
だけど、と食い下がる僕に、ハレルヤは再び大きく息を吐き出して、問いかける。
「じゃあ、アイツが悩んでたらお前はどうするんだ、アレルヤ。」
「それは…少しでも、彼の力になれたら……」
おずおずと答える僕の言葉を遮るように、ハレルヤは薄っすらと掠れた高い声で、ハハ、と嗤った。
「自分の傷も自分で修復できねェのに、アイツの傷は舐めてやろうってか。傲慢だな。そのくせ、お前が弱る度に愚痴られたんじゃ、俺はたまんねェぜ。ったく。」
彼は、瞳に金色の輝きをギラつかせたまま空嗤いに肩を震わせた。語尾にはおまけのように舌打ちを付けて。

ああ、本当、勝手だよね。
でも僕は、君に全てを否定されたいだけなんだ。
ハレルヤになら、ハレルヤだけになら、否定されてもいいんだ。
大嫌いなハレルヤ、もっと僕を否定してよ。
堕ちる所まで堕ちたら、もう1度這い上がりたくなれるかもしれないから。

重く生温い沈黙が部屋に充満し切る直前、なぁ、とハレルヤが再び口を開く。
と、同時に、銃の形にした人差し指が額に当てられて、冷たい爪が、チリ、と軽く食い込み、僕は彼の方へ視線を向けた。
「不完全が嫌なら、俺を消してみるか。」
ハレルヤの唇の端から覗く舌と犬歯が、矢鱈と目に付いた。
「眉間を撃ち抜いて俺とお前の真ん中に穴を開けたら、別々になれるかもしれねェぜ。」
君と別々になったら、僕は、不完全でなくなる?
君と別々になったら。
「いや、だ。」
「ハハッ。本当に勝手だよ、お前。」

そうだよ。
僕は勝手なんだよ。
都合のいい時だけ、こうして君の幻影を傍に置いて放さない。
たまに自分が大嫌いになったとき、代わりに君が僕の全部を否定してくれるから。
そして、ほら。
全部否定するくせに、最後は僕をその冷えた身体で抱きしめてくれることも知ってるんだ。

「バーカ。」
ハレルヤは瞳をきゅうと細めて小さく呟くと、僕と同じ形をした腕を腰に回して柔らかく力を込め、僕を抱き寄せた。
そして、頬をなぞる掌の温度とは反対に、日向の窓辺のように温かい吐息で僕の睫毛を揺らすと、もう1度「バーカ」と嗤って、くちづけを落とした。

大嫌いだよ、ハレルヤ。
僕を全部否定してくれるハレルヤ。
だから僕はずっと君が嫌いだよ。
だって、僕が君を嫌いなら、きっと君は僕に言ってくれる。
僕と反対のことばかりする君は、言ってくれる。
「大好きだぜ、惨めぶって勝手で嘘吐きな、可愛いアレルヤ。」
その掠れた声で。

大好き ――…だって。


〔 fin 〕

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