とろけるチーズケイク

「ティエリア」
聞き覚えのある穏やかな声に呼びかけられ、ティエリアはティーカップをテーブルにコトン、と置き、振り向いた。


【 とろけるチーズケイク 】


「休憩中だったんだね。丁度よかったよ。おみやげのケーキ、食べない?」
声の主は、にこにこ笑いながら、端にラテン文字で小さく店のサインの描かれた、清潔感のある白い箱を差し出す。
箱をさっと一瞥し、再びティーカップに視線を戻したティエリアの無言を、肯定と捉えたらしく、アレルヤは横に腰かけた。
「地上で人気のあるお店らしいんだよ。」
クレメダンジュ、クレームブリュレ、ストロベリータルト、ザッハトルテ―― …。
箱の中には、確かに女性が嬉しい悲鳴をあげそうな、キラキラ飾り立てられた洋菓子が行儀よく並んで、口に運ばれるのを待っていた。

「どれがいい?刹那の分は別に取り分けてあるから、ティエリアは遠慮せず好きなものを選んで。」
「俺は何でもいい。」
『何でもいい』が、相手を、最も困らせる返答であることは承知の上。
予想通り、アレルヤは躊躇いの表情を浮かべながらも、ケーキとティエリアの顔を見比べている。
(何でもいいと言っているのだから、端からでも一つ取ってくれればいいものを)
必要以上にまじめで不器用な目の前の男に、熟れたイチゴのように真っ赤な感情が、刺激される。
熟れたイチゴのように真っ赤な、征服欲という感情が。

アレルヤはしばし悩んだ末、ようやくひとつ選んでおずおずと差し出した。
「うーん…そうだなぁ…。あぁ、ティエリアの綺麗な瞳と一緒の色だから、ストロベリータルトはどうかな。」
「……」
あまりに安易なその提案に、ティエリアは何か言いたげに口を開いたが、諦めたのか、少し呆れたように息を吐いて、ストロベリータルトにフォークをさした。
くち、と音を立てて、重なり合ったイチゴから果汁が溢れ出た。

ティエリアが食べる様子を嬉しそうに見ながら、アレルヤも自らに取り分けたクレメダンジュを口に運ぶ。
「…とろけた。」
そう言って笑いながら、ひどく気に入った様子でケーキを口に運ぶアレルヤに、ティエリアは、まるで大きい子どもだな、と鼻を鳴らした。

「また地上に降りていたのか。」
「あぁ、ロックオンと日用品の買物に行っていたんだ。」
「ふん」
(今日もあいつと一緒)
ロックオンと発した瞬間、アレルヤの言葉が熱を帯びたように、ほんのわずか揺れたのを、ティエリアは聞き逃さなかった。
(お前とあいつとの関係を、誰も気づいてないと思っているのか)
ティエリアに大きく鋭い目で、じ、と見つめられ、アレルヤは照れたような、不思議そうな、困惑した顔をして、首を傾げた。
そして、はっと気づいたように、自らのクレメダンジュを差し出し、
「もしかして、こっちの方が食べたかった?」
いつものように笑った。
「……確かに、人のものは一層おいしそうに見える。」
(あいつのものになったお前を)
「食べる?」
(あぁ、いつか、きっと)
眼鏡の奥の、ナパージュのように艶めいた瞳に、ゆらりと陰が蠢く。
(心まで食べ尽くしてやる)
「ティエリ…ッ」
途中まで吐き出されたアレルヤの言葉は、ティエリアの唇に吸い込まれる。
重なり合った吐息の中で、クレメダンジュの甘酸っぱい香りが、ふわりととけていった。

「確かに、とろけた。」


〔 fin 〕


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* クレメダンジュ : ふわふわフロマージュタイプのチーズケーキ
* ナパージュ : ケーキのフルーツなどに艶をよくするため塗るもの

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