なあ、そんな怒んなよ。
悪かったって。
――
あ?
……何で分かったんだよ。ああ、そうだよ。
反省なんてしてねぇよ。
反省なんて、するかよバーカ!
【
飽き足りないthirst 】
―― コンテナオープン _ 相対誘導システム作動
――
「誘導システム同調。キュリオス、着艦する。」
ウィィィ…――…ン
カタパルトの狭い空間中に響く、唸り声を上げるモーター音や、機械と機械の触れ合う重低音。
まるで、自身まで機械のパーツである感覚に陥りそうだ。
ゆっくり開いたコックピットから、微重力を利用してふわりと浮かび上がると、着艦を待ち受けていたオートマチックタイプの整備ロボットとすれ違った。
「宜しく頼むよ。」
アレルヤは、応答の無いことを承知の上で呟くと、無機質な音を立て開いたドアを抜け、トン、とつま先を床に着けた。
ミッション中はいつも、泥を飲み込んだように、重たい空気が肺に積もる。
人を殺める毎にイチイチ心を痛めていたのでは、この先が思いやられる、と心の中で自身に嘲笑を浴びせながら、アレルヤの口から「ふう」と溜め息が漏れた。
だが、その鬱屈した感情も、狭い廊下の先にふわふわ揺れる栗色の髪を見つけた瞬間、昇華されてしまった。
単純なものだ、人間など。
(いや、違う。彼の存在が、偉大なんだ。)
「ロックオン。」
アレルヤは顔を微笑みで彩り、呼びかける。無意識に、他の誰かへ話しかける時より1トーン高くなってしまうことを、彼は気づいているのだろうか。
「おう、アレルヤ。お疲れ。」
いつもの笑顔が、振り返る。
色の白い端正な顔を綻ばせて、翡翠色の綺麗な瞳を細めて。
そして、お決まりの台詞。
「今日も、無事に戻ってくれて、ありがとな。」
「…ええ」
ロックオンのこの言葉に、アレルヤはいつも何と答えて良いのか躊躇う。
嬉しい
――、違う。悲しい ――、も、違う。
切ない
――、惜しい、けれど、しっくりこない。
怖い――、ああ、怖い…の、かもしれない。
彼と共にする1秒ですら、幸せで幸せで、だから ――
その幸せが、儚くて脆いものだということも、分かっているから、怖い。
今日もまた、少し伏目がちに1言返すのがやっとだった。
「行こうぜ。」
そう言いながら、ロックオンが掌を差し出す。アレルヤは、こく、と頷いて手を重ねた。
途端、
「…ッ…!」
アレルヤの手を捉えた腕が、ぐい、と引き寄せられ、衝動のままに抱きすくめられた。
刹那とティエリアは先に行ってしまって、ここにはアレルヤとロックオン、そして整備ロボットしかいなかったけれど、それでも、誰が通るか分からない廊下で。
ただのハグでも、誰かに見られたら余計な詮索をされるのが、目に見えている。
しかし、アレルヤにはその温もりに抗う強さなど、とうに放棄してしまっていた。
「はあ…もう、そんなかわいい顔するなって…。」
眉尻を下げて困ったように微笑む、ロックオンの掠れた声が、耳朶をくすぐって、アレルヤの血液に混じり、全身を廻って火を点ける。
彼の吐息は、まるで、悪い薬みたいだ、とアレルヤは思う。
1粒口にしてしまうと、体中の血が沸く悪い薬だ。
「そんな顔されると…、我慢できなくなるだろ。」
ロックオンは「だけど、ここじゃ…さすがにまずいよな」と笑って、身体を離した。
*
*
「で、ここ…なんですか…?」
複雑な表情を浮かべたアレルヤは、「ここ」と言いながら手首だけ動かして、ちょんちょん、と床を指差した。
「…ちょっと…狭かったな。」
向かい合って立ったまま、片足をアレルヤの足の間に滑り込ませたロックオンが、アレルヤの顔を覗き込み、視線が絡まる。
あまりの顔の近さに、どちらからともなく、くす、と笑い声が零れた。
「部屋まで待てない」とロックオンが手を引いて連れて来たのは、カタパルトから最も近い場所に設置された、トイレットルームの1番奥の個室。背の高い男2人が入ってしまうと、身動き1つとるにも骨を折る狭さではあるが、それでも、身体中に拡がる熱を冷ますには十分だった。
至近距離から注がれる翡翠色の熱に降参し、睫毛を揺らして瞼を閉じたアレルヤの唇に、ロックオンのそれが軽く重なる。2、3度啄ばむように触れると、そのまま、首筋を通り、鎖骨に落ちる。
「っふ…」
BGMは、アレルヤが甘い痺れに耐え切れず、身体を震わせながら漏らし始めた吐息。
ロックオンは、インナーの捲り上げられたアレルヤのしなやかな身体をカンバスにして、ちゅ、と音を立てながら、小さな赤い花を点々と描いた。
反らせた喉ぼとけは、ごくり、と上下して、羞恥心とそれを越える期待を嚥下した。
自らに引き寄せるようにして、アレルヤの背中を支えていたロックオンの両手の体温が、ふいに半分になり、そのすらりと長い指も、唇に加勢して蠢き始める。
ガッチリと歯を噛み締めていたボトムスのジッパーは、ロックオンの手に素直に従って口を開き、細い腰が露わになった。
手をするりと後ろに回すと、余計な脂肪の付いていない、引き締まった臀部を堪能するように撫で、さらにその奥へ滑り込ませる。
「…ひあッ…う…」
くち、という水音と共に、筋張った指が窄まった秘腔に付き立てられ、嬌声を上げたアレルヤの背が、大きく弓なりになる。
「…っと、狭いから頭打つなよ…、あ!」
想像以上に撓ったその背に、ロックオンは少し慌て、体内を侵食している指とは反対の掌で、アレルヤの後頭部をそっと包もうとした
――
が、一瞬遅かった。
ガン、と乾いた音が響き、アレルヤの頭がトイレの壁を直撃する。
「アレルヤ?」
「……………………。」
ロックオンは体内に穿っていた指を抜き、直撃した反動で、がくりと前にうな垂れたアレルヤの肩口を掴み、軽く揺さぶった。
「おい、大丈夫かよ。」
「……………………ふ…。」
ロックオンの呼びかけに応える声もなく、しばしの静寂が流れた後、眉根を寄せたまま俯いていたアレルヤが、微かな音を漏らした。
ロックオンは、その言葉を聞き取るよう、アレルヤの口元に耳を近づけた。
――
と、
唐突に、アレルヤが顔をキッと上げ、
「ふッざけんなよ!何時でも何処でも盛りやがって。この絶倫がァ!」
雷鳴のような怒号が、ロックオンの耳を劈いた。
「アレ…ル、ヤ…?」
一瞬、何が起こったのか分からず、ロックオンはぽかんとして、アレルヤを見つめた。
が、すぐにその変化に気づく。ロックオンを睨めつけるその瞳は、いつもの憂いと慈悲を帯びた銀灰色ではなく、怒りの揺らめく金色で。
「おま、え…ハレルヤ…か!?」
アレルヤと共存するもう1人の男。
ロックオンは、見覚えのある、この狂おしい程美しく狂気の溢れた瞳に、顔を引き攣らせた。
「どーも、俺のアレルヤが世話になってます、なんつってなぁ…ハハッ!」
ハレルヤは、殺意にも似た敵対心を、これっぽっちも隠すことなく個室中に迸らせ、口の端を歪めて喉を鳴らしながら笑った。
「アレルヤは…?」
「あ?ああ。頭打って寝ちまったよ。誰の所為だか知らねぇがな。」
ロックオンの爪先から頭の先まで、嘗め回すようにじろじろと視線を馳せ、
「まあ、お陰で俺がこっちに出れたのには感謝するぜ。」
と、吐き捨てた。
アレルヤと同じ形をした男の、潔いまでの無遠慮な視線を全身で受け止めながら、ロックオンは、「さぁて、どう穏便に済ませるかな」と、答えの出ない疑問を廻らせた。
ここで自分が間違った選択肢を選び、この男がプトレマイオス中を暴れたとして。
1番哀しむのは
――
アレルヤに、違いない。
しかし、この状況をどうすればいいのか、アイディアなど皆無だ。
平静を装いながら、内心憔悴しきったロックオンとは裏腹に、ハレルヤは嬉々とした表情を浮かべ、口の端に、ちろ、と覗く真っ赤な舌で己の唇を味わう。
トイレットルームの個室内で、一発触発の男が2人、向かい合って立って。
傍から見ればなんて滑稽なワンシーンなのだろう、とロックオンはぼんやり思った。
「おい、お前ェ。」
壁にもたれて腕を組み、横柄に顎をしゃくりながら、ふいに、ハレルヤが口を開いた。
「お前…コレでアレルヤを悦ばせてるつもりか。」
「…何?」
眉を顰めて聞き返した瞬間、ハレルヤは右足の膝を折り、持ち上げたその先で、ロックオンの中心に当て、ぐり、と回した。
「…ッ…」
ロックオンが顔に浮かべた驚きの表情に、ハレルヤの喉が再びくく、と鳴る。
そっと、耳朶に唇を近づけ、囁いてやった。
「チェックしてやる。アレルヤのためになァ。」
狭い空間の中で器用に跪くと同時に、ロックオンのボトムスのジッパーを下ろし、無造作に掴み出したものに、れろ、と舌を這わせた。
「へぇ。意外といいモノ持ってんじゃねぇか。だが、まだまだだな。」
「ちょっ…待て…」
この男は、アレルヤじゃない。
はず、なのに…、アレルヤと同じ顔。同じ口が、舌が…――
「く…ッ…ハレルヤ…やめろ…」
自分に言い聞かせるように「ハレルヤ」と口にしてみるが、拒否する声は、震える。
ハレルヤは、ロックオンの様子などお構い無しに舌を蠢かせた。
熱い唾液を絡め、筋に沿って舐め上げる。
尖らせた舌で先端を弄び、再び喉の奥まで咥え込んだ。
ロックオンの下半身から背にかけて、ぞわりと痺れが走った。
窄めた唇で、きゅ、と締め付けながら、根元から先まで顔を往復させるハレルヤ。
口腔の粘膜に擦れる甘い刺激に、思わず吐息が漏れる。
じゅぶ
じゅぶ じゅる
と淫靡な水音が、耳に響き、自分の理性の脆弱さに、ぎゅ、と瞼を閉じた。
瞼の裏には、自分の熱を咥えるアレルヤの顔が焼き付いていて。そのアレルヤの顔が、記憶の中の映像なのか、今ここにいるハレルヤなのか…分からなくなる。
(ふん…何でこんな男に…)
ハレルヤは心の中で悪態を吐き、頬を膨らませると、一層激しく吸い込んだ。
「…ふ…」
んく
んく、と喉を鳴らしながら、溢れ出した白濁を残さず飲み込むと、少し口を離して小さく息を吐き、再び唇で挟み扱き始めた。
今度は指も使い、スピードを上げる。
(…お前の全てを、吸い尽くすまで解放してやらねェ…)
お前がアレルヤに向ける下卑た情も、アレルヤがお前に与えた愛も全て吸い尽くしてやる。
「…ッつ…!」
ロックオンが小さな悲鳴をあげた。
感情の昂ぶりに、思わず、ギリ、と力の入ったハレルヤの歯が、ロックオンの熱に浅く喰いこんだのだ。
(…このまま喰いちぎってやろうか…)
ゆらり、と危険な煌めきがハレルヤの瞳に揺れた、その時、
『やめて…!』
頭の左側が、ちり、と痛み、目を覚ましたアレルヤの悲痛な声が鼓膜に響いた。
『やめてよハレルヤ…ロックオンに何してるの…!』
「…るせぇ…うるせぇうるせぇうるせぇうるせェェ…ッ!!!」
(こいつの名前を呼ぶな…!)
「…ハレルヤ…?」
唐突に発せられた叫び声に瞠目したロックオンが、ハレルヤを見つめた。
(見るな…見るな…俺を……アレルヤを…!)
「こいつとアレルヤは………お前らは…、傷を舐め合ってるだけだ…ッ!」
『そんなの、僕たちは知ってる。』
「ああ、分かってる。分かってるさ。」
戦場に愛など要らない。幸せなど、要らない。
「でも、分かってるからって、求めずに居られる程…強くないんだぜ。人間ってのは。」
それに、とロックオンは続けた。
「お前だって、そうだろ。」
「…ッ!」
(俺がアレルヤに抱いている感情も、傷の舐め合いだと……?)
違う。
違う。
「違う、と。言い切れるか…?」
ロックオンの鋭い瞳が、翡翠の矢のように、ハレルヤに刺さった。
「…くそッ…興ざめだな。」
ハレルヤはチッと舌打ちをし、ふてぶてしく床に視線を投げると、出しっ放しになっていたロックオンの熱に、ガブリ、と噛み付いた。
「い……ッ…てェー!」
*
*
「ごめんなさい…ごめんなさい…。」
大きな置き土産を残した直後、ハレルヤに解放されたアレルヤが、涙目で繰り返した。
しばらくの間悶絶していたロックオンは、必死に謝るアレルヤに、手をひらひらと振って「気にすんな」と引き攣った笑顔を作った。
「もう、ハレルヤ絶対赦さないから。」
『悪かったって。』
「そんなこと、思ってないくせに。」
――
あ?
……何で分かったんだよ。ああ、そうだよ。
反省なんてしてねぇよ。
反省なんて、するかよバーカ!
アイツに言っとけ。
俺はなァ、アレルヤ。
俺は、お前と傷の舐め合いなんてするつもりはねぇ。
俺は、お前をアイツから引っ剥がして、アレルヤ、お前の全てを、
独占できれば、それでいい。
〔fin 〕