ただ、空が青かったので

泣いていたわけではありません。
哀しいことなんてありません。

僕の瞳に、ただ、空のブルーが映り込んでしまったのです。

だから、お願い。
そんなに強く抱きしめないでください。
冷たくなった僕の身体を、心を…――。


【 ただ、空が青かったので 】


「僕はちゃんと笑えてる?」
『あー?馬鹿かお前は。いっつもへらへらしてんじゃねぇか。』
「…そう。よかった。」
彼の前で、僕は、うまく笑えている自信がないんだ。
彼はいつも余裕のある大人で、彼と一緒にいると、酷く子どもじみた自分に気づいてしまうから。
少し卑屈なのは、生まれつきの性分かな。
それでも、昔よりはうまく笑えているつもりなんだけど…――。
『くだんねぇ感情だな。』
吐き捨てられたハレルヤの言葉に、僕はふふ、と笑って、
「本当。くだらないよね…。」
眼下に広がる、碧く碧く澄んだ海に目を細めた。
「さて、と。そろそろ、部屋に戻ろうか。風が冷たくなってきた。」

* *

中継基地に滞在し、彼と2人きり―― 正確には、ハレルヤとハロも入れて4人 ――で過ごすのも、もう3日目。
彼の部屋の扉を薄く開け、そっと内の様子をうかがうと、ロックオンは、窓辺に座って、何か、本を読んでいるようだった。彼の物分りの良い相棒は、読書の邪魔をしないよう、充電器の上でお昼寝の最中だ。
初めて彼が読書をしている場面に遭遇したときは、正直、驚いた。「活字なんて読むんですね」そう問いかけた僕に、彼は「本の世界に引き込まれていると、現実の煩わしさを考えなくていいからな」と眉尻を下げて笑った。
栗色の髪が、ふわふわと軽やかに流れる横顔に、僕の目は釘付けになる。
血の匂いなど相応しくない、本当に綺麗な人。その心すら…――。
しばしの間、呆けたように立ち尽くした後、僕はそっと扉を閉めて、背を向けた。
「…僕は、彼の枷にならないだろうか…。」

「…ッ!?」
突然、後ろから手が回される。
温かくて広い胸に背中ごとかき抱かれて、首元を柔らかな髪がくすぐった。
「ロックオン…!気づいて…!?」
瞳を見開いて、首を回すと、
「お前が居たのに、気づかないとでも思った?」
至近距離でにっこり笑われ、僕は耳まで真っ赤になって顔をそらした。
「ご、ごめんなさい。読書の邪魔をしてしまって。」
どきどきしながらうつむいた僕の肩口に、彼はそっと顔をうずめた。
背中越しに鼓動が伝わってしまう。
何度くちづけを交わしても、彼の美しい顔が近づくと、心が揺れて、止められない。
「身体、冷たくなってるぜ。」
「今まで外に居たので…。」
そうか、と答えたロックオンは、ふいに、ぴったりくっついた身体を離し、僕の身体をぐるりと反転させた。
そのまま身体を引き寄せ、腰を抱かれ。
今度は、僕が彼の肩口に顔をうずめる形になった。
彼の体温がじんわりと染み込んで、僕の冷えた身体は、春の光に雪が解けるように、ほどかれていく。
「もっと分けてやる。」
温かい手がそっと僕の頬を包み、唇が触れた。
吐息を分かち合い、熱を分かち合い、心を――分かち合う。
つ、と光の糸が2人を繋いで、儚く消えた。
「お前の瞳、いつも濡れてるみたいで。何か…、放っておけないんだよな。」
ロックオンは呟いて、こつん、とおでこを合わせた。
どちらともなく微笑が溢れ、また、くちづけを交わす。
何度も。
何度も。

* *

「無理して笑う必要なんて、ないんだぜ。」
「え?」
僕の頭を、子どもにそうするように、ぽんぽん、と撫でながら、彼が口を開いた。
唐突な言葉に、僕の視線が彼に注がれる。
「俺は、お前の前でだけ、泣ける気がする。」
「ロックオン…」
「だから、お前も。な。」
鼻の奥がツン、として、僕は窓から外を見上げた。

空は、厭味な程に、青かった。

僕の瞳から、空の色を映した絵の具が、一筋こぼれた。

彼がそうしてくれるように。
僕もいつか、彼を癒すことができるのでしょうか。


〔fin 〕

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