丸で絹糸の様な無力な四肢で。
どれ程歩けば ―― せめて、君の掌の上を越えられると思う?


【 蟻 】


褐色の内腿が痙攣し、壁に凭れた背が撓った。
「ア、 ――…っ」
降り注ぐハレルヤの掠れた嬌声に、満足そうな表情を浮かべたロックオンは、さっと筆先で掃った様に整った眉を少し震わせて、柔らかく揺れる栗色の前髪を掻き上げると、それまで懸命に蠢かせていた舌を収めて、視線をこちらへ向けた。
唇の端に零れた、白の混じる半透明の粘着物を親指で拭い、舐め取る。
そして、
「濃いな。」
色気を含んだバリトンでゆったりと笑った。
その彼の余裕たっぷりの笑顔が、少々癪に障ったものだから。
ハレルヤは、黒いグローブに包まれた大きな掌によって、強引な程に押し広げられていた両の膝をバタつかせ、己の下腹部を口腔に含み弄んでいた男の顔に、蹴りを喰らわせてやる。
ロックオンは、軽い1発を頂戴した頬をさすりながらも、やはり揶揄する様な口調を寄越した。
「お前さんの全部飲んでやったのに、そりゃ酷いだろ。」
「うるせェ、」
気怠い下肢は確かに彼の言葉を事実だと肯定するが、ハレルヤの眩しいまでのプライドは首を縦に振る事を良しとしない。
「クソが……ッ…は…ぁ」
今度こそ生易しい"じゃれ"などでは赦すまいと、拳を握って反撃を試みる ―― が、しかし、瞬間、その手は、ふるり、と揺れて力を失い堕ちた。
激情を越える、痺れを再び与えられ始めた所為だ。
ハレルヤのつい先程吐き出した快楽の残滓を絡めた、長い指が内部に侵入し、縦横無尽に動き回る。
グローブを嵌めたままの手の、皮膚とは相容れないしっとりと柔らかな革の感触に、ざわざわと湧く異物感を押し出そうと、襞は収縮を繰り返した。
しかし、そこが縮まる度、意図に反して一層深く指が引き込まれ、隙間から空気と液体の混じった、きちゅ きちゅ という音が響いた。
「…それ、外せ…、よ……」
グローブの感触に耐えかねたハレルヤが細い顎をつんと上げ、生理的な涙によって湿潤さを保つ金色を煌めかせながら訴える。
「俺の爪で傷つけないようにな。」
不要なお気遣いに嬉しくて反吐が出そうだ。
に、と唇の端を持ち上げたロックオンに向かって、心の内で毒づいてやった。
ロックオンの方はというと、そんなハレルヤを知ってか知らずか ―― 耳朶に唇を寄せる。
彼の透ける肌は冷たい陶器を想像させたが、その勝手なイメージとは異なり、驚く程温かい吐息を感じた。
「かわいいぜ、ハレルヤ。」
2本、3本と増える指で身体をこじ開けられる行為とは裏腹な、羽毛がふわりと鼓膜に触れる様な、優しい優しい声に、酷く泣きたくなった。
彼の瞳に映る自身は、髪型が反転し ――、眉尻を下げると、そう、丸で"アレルヤ"と同じその姿を見たくなくて。
ハレルヤは顔を背けて小さく舌打ちをし、圧し掛かるモスグリーンのシャツの肩口を押した。
「………なァ…後ろからしろよ。」
その実、ただ、向き合っている事が居心地悪いだけなのだが、受け取り方によっては積極的に誘っているとも捉えられる懇願 ―― いや、命令か ―― に、ほんの少し吃驚しながらも、ロックオンの顔は忽ち嬉しさに彩られた。
「了解。」
数本の黒革が引き抜かれ解放されたハレルヤは、「自分で好きな恰好になれ」と、促されるままのろのろと起き上がる。
ベッドを軋ませ白いシーツに跪いた。
膝立ちになった手の高さには、丁度、体重を支え掴むためにおあつらえ向きな、明り取りのために嵌め込まれた小さな窓があり、その縁を無造作に掴んで腰を突き出してやる。
実際のところ、身体はとうに、もっと核心的な快楽を欲して堪らなくなっていたのだけれど。
「チッ……俺も懐柔されたものだぜ………」
ロックオンの耳には届かぬ様、壁に向けてぽつりと呟いた。
と、すぐに、背に心地良い体温が重なり、
「…ッ………、…く………」
狭い接続口など壊れてしまいそうな容量で、内側から急激に圧迫され、思わず上げてしまいそうになる悲鳴を押し殺しながら、ハレルヤは食い縛った歯列の合間から息を漏らす。
力を込めた爪が、木枠に浅い筋を描いた。
肩を揺らし、呼吸を整えようと躍起になるものの、激しい律動に振り回され、酸素を取り込む事すらままならない。
口を噤んだまま、無我夢中で腰を擦り付けてくるハレルヤに、ロックオンが、く、と喉を鳴らして笑みを零した。そして、左手で、ハレルヤの無駄の無い身体を支えながら、もう片方の手は顎を撫ぜると口腔を開かせ、奥に潜んでいた舌をやんわりと掴み出す。
ハレルヤは光の糸を、たらり たらり と垂らし、己の手首を濡らした。
「は……ちゃんと息しろよ。」
「…ふ……っん、ン……て…めェの、せい……、だろ…が………ッ…」
「それだけ返せれば十分だな。」
視界がぶれる。
短いやり取りの最中、浅い場所に留まっていたロックオンの熱が、双丘を押し広げ粘膜を擦り上げる、淫猥な動きを再開させた。
「はッ……、…はッ………、ん…は…ァ……」
肌と肌がぶつかる度、汗が、涙が、吐息すら飛び散った。
苦しい。
(どうやって息してたんだったか……)
けれど、苦しさ以上の甘さが麻酔となって全身の感覚を奪い取る。
ハレルヤは、今にも手放してしまいそうになる自我を何とか保とうと努め、きゅう、と眉根を寄せて、薄っすら眸を開いた。
ふいに、滲んだ世界の中、霞みがかった黒い点が1つ、目の端に飛び込んで来た。
その小さな小さな黒は、窓の外側の出っ張りの上、自身の大きさの数倍もあるだろう菓子屑を抱え、せかせかと生き急いでいる。
ハレルヤが見止めた瞬間、黒は歩を止め、こちらを向き…―― 嗤った、気がした。
「…あ………」
「何?」
「蟻、……っ……が………」
「蟻ぃ?」
ロックオンは、繋げた芯はそのままに身体を少し折り曲げると、ハレルヤの目線を追って、顔を寄せる。お陰でロックオンの昂りが、ずるりと滑って根元まですっかり粘膜に埋もれ、同時にハレルヤは喉を逸らせ嬌声を上げた。
「ちっぽけな蟻が見ても、俺達がどんなイイコトしてるかなんて、大きすぎて分からねぇから。恥ずかしがらなくても、大丈夫だぜ。」
「…ち、が……、…は、あァ………ッ」
子どもをあやすかのごとく、優しく額を撫で、そして、髪を梳いてくれるロックオンの熱い手に擦り付ける様に、弱々しく首を振りながらも、彼のその言葉で、何故蟻が嗤って見えたのか、ハレルヤにはぼんやりと分かった。
それは、丸で、自分だった。
側に居たくて、近付きたくて、無力な手をめいっぱい伸ばすのに ――。
近付き過ぎると、相手のその存在の大きさゆえ、反対に見失ってしまう。
そうして、気づかない内に、掌の上で迷子になっている。
「…っゥ……はは……滑稽、…だな………」
しかし ―― その掌の温かさが、今は何より心地良いから。
「……てめェの手の上で、踊らされてやるよ…………っン…はァあ…んん…ッ」
微かな声を吐き出すと、ハレルヤはもう1度、密やかな快楽に溺れ始めた。
「俺を咥えておきながら考え事ができるたぁ、随分と余裕がお有りの様で。」
片眉を上げおどけて言ってのけるロックオンに、わざと弱い部分をピンポイントで狙って突かれ、ハレルヤの膝はがくがくと痙攣した。
「ひ、ァ………あ、ァあ……っ………」
崩れ落ちないように全身に力を込めた所為で、入り口がキツく狭まったらしく、ロックオンは軽く顔を歪めて、ニィ、と、口の右端を持ち上げた。
「……も…そろそろ、出していい?」
問われたハレルヤの方も、限界だった。
「ん、い…1番…奥……ッに……っ…」
ロックオンに赦しを下した途端、彼は思い切りハレルヤの腰を掴むと、熱い楔を荒々しく打ち付けた後、繋がりが途切れるギリギリの縁まで一息に抜き、また突き上げる。
その動きが数回繰り返された頃には、先程まで必死で掴んでいた自我の切れ端など、いとも容易く手放してしまった。
只管に、動きをシンクロさせ、呼吸を溶け合わせ。
「………―― ッ…!」
瞼の裏にチカチカと瞬く火花を見ながら、最奥で放たれた欲望を全て受け止めた。
ずるずると沈む身体を耐えながら、ハレルヤは、ロックオンの手を取り自らの掌に重ねて、視線を向けないまま背中で呟く。
「はぁ……は、ァ………もう1回………。」
ロックオンは満面の笑みで返すと、ハレルヤの深緑の髪をくしゃくしゃと掻き、後ろから、ぎゅ、と抱きしめた。
蟻はようやく窓の枠を越え、再び振り返ることも無く景色の中へ消えていった。


〔 fin 〕

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