(前略)
事の発端は、数分前に遡る。
第一印象を教えてくれたロックオンに、アレルヤも一つ賛辞を呈し返したのだ。
「ロックオンって、女性に人気があるでしょう?」
これはイメージではなく、見たままの事実だったか。それでも、出会い頭に思ったことには違いない。ハレルヤも、だから、苦手だと言った。
「何だか憧れるよ。僕は、そういうことには、からっきし慣れていないし、引っ込み思案だから……」
少し卑屈っぽくなってしまっただろうか。そんな、アレルヤの杞憂を他所に、
「まあ、それなりにな」
プレイボーイはとびきり格好いい顔で肯定した。
「お前さんの場合は反対に、慣れてないのがカワイイところだろうぜ」
よくもまあ、さらりと言ってのけられるものだと驚くような台詞も、彼の舌に乗ればどこかサマになる。
「仲間のよしみでこれから色々教えてやるさ」
両の口の端は持ち上げたまま、なめし革のグローブが銃の形を作り「BANG」とアレルヤのハートを狙った。
「仲間……」
「仲間ってのはざっくりしてるか?それなら、友達…なんて照れるよな」
仲間――友達。
細かくぶれた銀灰色の中、映りこんだロックオンが笑みを薄らげ訝しそうに首を捻った。
「そんなに吃驚した顔して、どうした?これまでだって、友人の一人や二人いただろう」
急激に吐き気が込み上げた。
脳裏にチカチカと明滅が起こり、フラッシュバック。
宇宙を漂うポットの中でぐったりと横たわる、あの、土くれたちは、友達――だっただろうか。そう呼んだ時期も、あったような気がする。
「…あ……僕、は………」
アレルヤの呼吸が引き攣った。
仲間――、友達は、この手で撃った。あやめた。
この手は、友達を、撃つ。
この手は、ロックオンを、撃つ――?
それまで、不貞腐れて奥に引っ込んでいたハレルヤが気づき、『やべェ』と呟く間もなく、混濁したアレルヤの意識は眠るように堕ちて行く。
「おい。アレルヤ、気分でも悪いのか?」
ロックオンが、慌てて空になったカップを除け、がっくりと項垂れた青年に駆け寄ると、獣の呻り声のごとき音が彼の喉から零れた。
「――…ッぐ」
「アレルヤ……?」
「……気分でも悪いかって?ああ、最悪だぜ。てめェのせいでなァ!」
かったるそうにふるふる振られて舞った前髪の合間から、鋭い光が煌めく。色は、「金…」瞠目したロックオンを射抜くように、凝と見つめた。そこに宿るのは嫌悪。
「余計なこと言っちまったか?」
多くは語らず、ただ「ご親切に、どうも」と告げてやると、アレルヤの具合を心配して覗きこんでいた美しい顔が一歩離れる。「そうか」
「てめェの押しつけがましさが、よーく分かっただろ」
低くゆっくりと唸った。自身上出来の忌々しさだ。
これで、きっともう――
「出て行け」
もう、男は来ない。
アレルヤの中に――叱られた子どもが隠れる秘密基地のような安息の場所へ――土足で入ってくるな。
「アレルヤの弱い部分は俺しか知らなくていい」
今日はこの辺りで退散するか、と諸手を挙げて苦笑するロックオンは、ふと、動きを止めて振り返った。
「……お前さん、呼び名は?」
勘の鋭い男だ。
聞かせてやっても構わない。だって最後だろう?
「ハレルヤ」
「ハレルヤ…ハレルヤ、か」
キャラメルブラウンがふわふわと揺れ、名が、歌い口ずさまれる。そして、
「ハレルヤ、綺麗な眸の色だな」
ロックオンが、にやりと微笑んだ。
余裕綽々な様子が何と腹立たしいことか。
ハレルヤは眸を剥き、立ち上がって椅子を蹴り上げる。
その放物線は、ひょいと軽やかに部屋を出た男の閉めた扉に阻まれ、派手な音を立てた。
静寂を取り戻した部屋の中、忘れ去られていたカップを金の視線に留め、無造作に掴んで呷る。結局温くなってしまったコーヒーの、底に滞った砂糖が喉に絡みついた。
「………くそ甘ェ」
アレルヤはブラックが好きなんだ――甘い息に包まれ吐き出された呟きは、紙のカップと共にくしゃりと握り込まれた。
(後略)