冒頭
彼はずっとそこに居た。
否、正確には、そう感じただけで、彼がその姿を見せたのは僅か数秒前のことだったのだが、アレルヤの世界の中では、確かに、彼がずっと――時間など超えてずっと、そこに佇んで居た。
一瞬の、デジャ・ヴ。
視線を外せないまま、凝、と見つめた空間が直後、歪んで見えたのは、彼の唇が、弓なりに撓ったからだろうか。
にっこりと。
にっこりと、笑う。
「はじめまして」
美しい男だった。
直視できずに俯いたアレルヤに、微笑んだ彼は、顔に似合いのフランクな、しかし、どこか品のあるバリトンを奏でた。
はじめまして、と。
そうか、やはり、思い違いだ。
「……はじめ、まして…」
腹の上辺りに釈然としない違和感を抱えながら、応えた。
久しぶりに動かした喉は、いつの間にか、からからに渇いていて、彼とは比べ物にならない程、掠れた声になった。
そこはかとない気まずさに、いよいよ首が下に折れるアレルヤの頭の天辺を射抜く、ブルーグリーンの稲妻が、ふいに宙へ舞い上がり弾けた。彼(新しく迎えられたモビルスーツパイロット、名をロックオン・ストラトスと言った。それはもちろんコードネームにすぎないのだろうが)は問う。
「…――前に、どこかで会ったこと、あるか?」
どきりとした。
前に、どこかで。
そう、確かに、会ったことがある。
でも、――どこで?
「はは。そんな訳ねぇよな」
黙りこくったアレルヤの様子が、不機嫌にでも見えたのだろうか。彼は苦笑混じりの明るいトーンで、数秒前の言葉をさらりと流した。
――分からない。
己の心臓の奥深くから身体中に響くように、眼前の美しい男を「以前から知っているはずだ」と叫び声が聞こえているのに、記憶のページを捲ってみても、彼と出会った思い出など一欠けらだってない。記憶そのものが偽りでさえなければ、少なくとも、一欠けらだって、在りはしないのだ。
きっと、通りすがりに見た似た顔が、網膜に残っている気がするのだろうと、自身を納得させる。
「会ったこと、ないはず…――なんですけど、」
「だよなぁ。悪ぃ。気のせい……、ああ、気のせいだ」
そう言いながら、ロックオンはひらひらと振った手を、こちらへ向かって差し出した。
「改めて、」
鈍く光る黒革のグローブを、戸惑いながらただ眺めていると、彼は、ぐい、と、アレルヤの手を掴み上げて、そのまま、ぶんぶんと上下に思い切りシェイクする。
「これからよろしく頼むぜ、アレルヤ」
上等な質感の革は、ひんやりと冷たかったのだが、じわり、じわり、僅か彼の手の平の温度が沁みて伝わり、余りにぎこちない握手に竦み上がっていた心も、じわり、じわり、解された。
(後略)