| 俺はロックオン・ストラトス。 一応、神様ってやつの端くれだ。 ミッションの依頼が入る度に、弓矢を射るのが俺の仕事。 当てる的は、お前さん達のハート、そう言えば、大方の予測はつくか? そう。恋心を司る神、いわゆる、キューピットだ。 金色の矢を射てば、それを受けた奴らは激しい愛に身を焦がす。 鉛の矢に射られた奴は恋を大ッ嫌いになっちまうんだと。 面白い玩具だよなぁ。 つい3日前にも金色の矢を1本試し撃ちをしてみたんだが。 矢を受けたのは……、ああ、矢の輝きにも負けない金色の髪に、意志の強そうなオリーブ色の瞳をした青年 ―― 確か軍人だったな。 ハートに矢が、つぷり、と沈み込むと同時に、瞳の色が一層濃くなって、爛々と輝いて。 「センチメンタリズムな運命」を感じたとか何とか言って、黒猫みたいな少年を追い回し始めた日にゃ、予想以上の効果に驚くのも通り越して、腹が捩れるほど笑っちまったぜ。 * * 「ロックオン、聞こえる?」 「ミス・スメラギ。ミッションですか?」 夜のとばりに包まれた窓辺で、月の朧気な光を浴びながらまどろんでいると、小型端末が通信を受けて、ヴヴ、と震える。 ボトムスのポケットから端末を取り出すと、戦いを司る神、スメラギが苦々しい声を寄越した。 「ええ。街で最近噂になってる美人3姉妹のことは知ってるかしら?」 「噂は聞いてますよ。」 「王留美がご立腹なのよ。美の女神としてのプライドってやつね。特に絶世の美女と言われている末娘に、子孫ができないよう、鉛の矢を射てほしいんですって。」 美の女神のプライドの高さは神々の中でも有名だ。 俺としては、自分に自信があるなら、他に噂になってる美人なんて気にしなくてもいいと思うんだが……、男には理解できない女の気持ちってやつなのかね。 まぁ、王留美には普段から世話になってるしな。 俺は、ふ、と小さく息を吐くと、豪奢な装飾が施された猫足のテーブルから、煌めく弓矢を手に取って、窓を開け放ち、星達の瞬く宵闇の中へ飛び出す。 「お前さん達は、噂になってる姉妹の寝室は知ってるか?」 俺は、宙を闊歩しながら星に訊ねた。 毎日空に浮かんで地上を見守ってる星は、結構な物知りなんだ。 チカチカ、とウインクした星達は、光のアーチを描いて路を示した。俺は「ありがとな」と礼を伝えると、紺地に浮かび上がった金糸の一本道を辿って、"今宵から恋心を忘れちまう憐れな少女"の元へ、足を向けた。 小さな窓辺に降り立つと、中を窺う。 幾重かに重なったチュールレースの天蓋に包まれたベッドに、すやすや寝息をたてる人影が見えた。 「ここか。」 そっと窓ガラスを開くと、冷たい夜風と共に、するり、と中へ滑り込む。 夢の中にいる少女を起こしてしまわないように、軽やかなステップでベッドサイドへ近づくと、弓矢が月の光を反射して、その寝顔を照らした。 細い顎に、形の良い少し薄い唇、鼻梁の通った端正な顔立ち。 確かに美人だ。 美人だ、が…―― 「……はあ?」 俺の喉から思わず素っ頓狂な声が流れ出し、慌てて口を塞いだ。 いや、しかし。ちょっと待て。 噂の美人は、確かに末"娘"だったはず。 それなのに、ここに寝ているのは、美人であっても、紛れもない ―― 男。 まったく、噂なんて信じるもんじゃねぇな。 俺は苦笑を浮かべて通信機器を引っ張り出し、『末娘は男だったぞ。どうする。』とキーを打つ。転送後、さほど間を置かずに液晶画面に受信した字が流れた。『男でもいいわ。ミッションの継続を。』と。 「はは、殆ど意地だな。」 俺は独りごちると、再び寝息を立てる少女…否、青年に顔を向けた。 それにしても。 「きれいな顔してるよなぁ。」 初めこそ、性別云々に吃驚が心の大半を占めていたが、こうしてまじまじと見つめると、その整った顔に惹きつけられる。 「……う、ん…」 と、寝返りを打った彼の鎖骨を、深緑の髪がさらりと流れて揺れた。 「恋を忘れちまうなんて、惜しい気もするが。」 仕方ねぇか、と呟いて俺は鉛の矢を構える。 矢の切先には、青年の、美しい美しい穏やかな顔。 右の前髪はアシンメトリーに少し長く伸ばされていて、半分しか見えないその表情にも、彼の内なる優しさが滲み出ているように見えた。 「…やっぱり……」 俺には……、できない。 射ようとした瞬間、心に巣食った躊躇いが大きく手を震わせ、鉛の矢は大きく逸れてベッドの向こう端を突いた。 しまった。 戸惑いで的を外すなんてこと、初めてだぜ。 俺が急いで矢を回収しようと、無造作に身を屈めて手を伸ばした途端、腰に付けた矢筒から抜けた矢が1本、俺の足を、ちり、と掠めた後、派手な音を立てて床に滑り落ちた。 「……あ…?」 ―― どくん ―― 天井に届きそうな程、鼓動が跳ね上がる。 目の前の景色が。 ぐらり ぐらり。 嵐に見舞われた船の甲板の上に立たされているかのように揺れて、全身の血液が狂ったように駆け巡り、得たいの知れない激しい情動が胸をせり上がった。 何だ。 何なんだ、この感覚は。 よろめいた俺の横で、先程の大きな音に、ぴく、と震えた青年の瞼が、薄っすらと開かれる。 「…誰……?」 焦点の定まらない、とろんとした銀灰色の瞳と、視線が絡まった。 ―― どくん ―― やばい。 俺の顔に、カッ、と血が昇る。 もしかして。 視線を床に落とすと、一筋の傷が描かれた足元で、キラキラと嗤う、金の矢。 "金色の矢を射てば、それを受けた奴らは激しい愛に身を焦がす" 俺…が、金の矢を受けた……? この衝動が、まさか、愛ってやつなのか。 俺は、目の前のこの青年に恋しちまったというのか。 だが、その恋心を司る神に有るまじき失態への自責の念も、次から次へと押し寄せる赤く滴るような情欲に、すぐ追いやられてしまう。 シーツを巻きつけながらゆったりと身体を起こした青年が、暗闇に順応しない瞳を凝らして、きょろきょろと視線を巡らせた。 「誰か、いるの?」 だめだ。 人間に神だとバレちまうことは禁忌。 俺は、さっと身を翻すとカーテンに隠れた。 「あ、起こして悪かったな。」 「……っ!」 「何もしないから安心してくれ。ほら、な、もう出て行くから。」 恐怖に息を呑む青年に、俺は極力柔らかい声音をつくると、たどたどしく言い聞かせ、窓から再び星達の待つ宙へ走り出る。 とにかく、一旦神殿に戻ろう。 いまだ、ばくばく、と煩く泣き喚いている心臓を押さえつつ、俺は光の路を駆けた。 to be continue. |